第2章 チェルシーは出会ってしまう 第1話

学院の入学が目前に迫っていた。

「とうとう小等部に行かなきゃいけないのね。」と、お母様が入学の準備を渋々進めていた。


「今は同じ校舎にジェイクとユースフがいるが、中等部に上がれば不安だな。」


「お父様、お母様、大丈夫ですわ。

この2年間、お兄様達と一緒に勉強も鍛錬もやってきましたもの。

魔力量も上がりましたから、自分の力ぐらいごまかせます。」


「そうですよ。

こんなに細い腕なのに、俺と互角に戦えるぐらいですからね。」


「兄上は戦術ではなく力で押し切ろうとするからですよ。

チェルシーはその隙を突いているんです。」


「ユースフ兄様、ジェイク兄様はちゃんと手加減して下さってますので。

それに、私よりも毒に耐性がありますし。」


「結構な量を調合しているのに、兄上は不死の力でも手に入れているかと思うぐらいですからね。」


「あぁ、そこは弟にも妹にも負けないところだからな。」


笑い合う家族。

私はあの裏設定のようになってはいけないと誓っていた。

ずっと、この家族の中にいたいから。


準備が一通り終わると、ジェイク兄様が声を掛けてくれる。

「チェルシー、山に行ってみるか?」


「山ですか?

すみません、私、今日は湖の方がいいです。

馬にも乗りたいので。」


「じゃあ、今日の鍛錬は別でやろう。

ユースフは?」


「私は新しい薬草を手に入れたいのでスーザンの店に。

チェルシー、1人でも大丈夫かい?」


「えぇ、いつもの湖ですから。」


そうして私は兄達と別れ、馬に乗って小さめの魔獣がいる湖を目指した。

小等部に入る前にと新調した剣の切れ味を試してみたかったのだ。





「お嬢様、大きな魔獣の気配は?」


「しないわ。

大丈夫だから、少し走ってくるわね。」


「はい、お気をつけて。」


護衛は湖の周りを囲んでいた。

私もたまには1人で好きに馬を走らせたかったので、そうお願いしたのだった。



「やっぱりこれぐらいのスピードで走ると気持ちいいわね。」

そう言って馬を撫でる。


周りを見渡し、魔獣の気配を探る。

あ、あっちね。


新しい剣を手に魔獣のいる方へと向かった。

この気配はトビーね。

見つけた!と思った視線の先には、魔獣トビーと男の子。


え?男の子?

こともあろうに、彼はその魔獣を抱きかかえようとしていた。


「危ないわ!離れて!」


突然の私の大声に驚く男の子。

魔獣は今にも彼に牙を向けようとしていた。


剣では届かないと思い、足に忍ばせた短剣を投げる。

上手く刺さり、魔獣が怯んだ隙に剣で真っ二つに切った。


…良かった、間に合った。

小さな魔獣だったので、さほど返り血は無い。

後ろを振り向き、男の子に話す。


「あなた、襲われるところだったのよ?!」


「えっ…。

だってウサギさん…。」


その言葉に溜め息をつく。

「あれはねウサギじゃないの。

よく似ているけれど、ウサギはあんなに牙は鋭くないわ。

今はこのぐらいの小ささだけど、獲物を襲って食べれば、どんどん大きくなるのよ。」


「…食べる。」


「そう、今、食べられるのはあなただったの。」


私の言葉に驚く男の子。

涙さえ浮かべている。


「あなた、魔獣は見たことないの?」


男の子がコクコクと頷く。


「そうなのね。

あれはね、トビーという魔獣よ。

可愛い顔していても、それを武器にして、容赦なく襲ってくるの。

わかったらもう近づかないのよ?」


「うん、わかった。

…でも。」


「でも?」


「母様は小さな動物が好きなんだ。

だから…。」


「そっか。

お母様に見せたかったのね?」


「うん。」


「でも、これは魔獣。

ウサギはもう少し入り口の方にいるわ。

…というか、あなた1人?」


「ううん。

母様が一緒だったんだけど、母様があいつらとお話ししてる間にウサギさん追いかけてきた。」


「え?(あいつら?)

だったら今頃心配されているわ。

どっちから来たの?」


私の問いかけに、わからないという顔をする彼。

そんな時、女性の声が聞こえてきた。


「こんなところにいたのね!

探したのよ?」


ドレス姿なのに、必死で探したのだろうと察することができる姿の女性。


「ウサギさん…。」


「まぁ、また動物を追いかけたの?」


またってことは常習犯なのね。


「でもね、ウサギさんじゃなかった。

トビーだって。」


「ト?!」

その言葉に女性は青ざめる。


「とっ…、トビーって魔獣の?

襲われては…うん、いないわね。

怪我は?」


「ううん。

この子がトビー殺してくれた。」


私を指差しながら言う男の子。

殺してくれたって、言い方がもっとあるだろうに…。


「え?

このお嬢さんが?」


「申し遅れました。

私はチェルシー・シスルと申します。」


「シスル?

あぁ、あなたがチェルシーなのね!

シスル家だったら…うん、わかったわ。

息子を助けてくれてありがとう。」


女性は我が家のことも知っているようだった。

家業のこともわかっているような口ぶり。

シスル家の娘だったら剣も扱えるし、魔獣だって倒せると。


「改めてお礼をさせて頂きたいわ。

私はアイシア・エキノプスよ。

この子は息子のリカルド。」


…エキノプス?

私はその名前に聞き覚えがあった。


「申し訳ございません。

王妃殿下ならびに王子殿下とはわからずに、失礼致しました。」


「ふふっ、いいのよ。

知らなくて当然よ。」


「ですが…。」


「本当にいいの。

あなたに罪は無いもの。

強いて言えば、ずっとあなたに会いたかったのに、お茶会にも参加してくれないカイラのせいね。」


「あの、お母様をご存じですか?」


「えぇ、同級生の仲良しさんよ。

リカルド、チェルシーに改めてお礼しなさい。」


「チェルシー、ありがとう。」


「いいえ。当然です。」


私は深く頭を下げた。


「改めてお礼に伺いますとカイラに伝えてくれるかしら?

可愛いチェルシーちゃん、またね。」


「またね。」と王子も手を小さく振ってくれた。


優しそうな王妃様に連れられて、リカルド王子は帰られた。


最悪だ…。

避けなければいけない王族に会ってしまった。

しかもメイン攻略対象者と。


でも…。

あの子、あれでいいの?

何かユースフ兄様とはちょっと違うけれど、何かぶっ飛んでるような子だったわ。


私とリカルド王子の初対面だった。


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