第5章 光属性を持つ乙女 第1話
父と母それぞれから指示を受けた兄達は鍛錬を怠ることも無く、鍛錬後に偵察に行ったり、学院で友人として距離を詰めようとしていた。
「チェルシー、ちょっといい?」
これから鍛錬に向かおうとした時にユースフ兄様に呼び止められた。
「鍛錬に付き合ってくれる?
話をしながらになるけど。」
「えぇ、お願いします。」
私達は秘密裏な話を周囲に聞かれないように、食事をしながらとか、剣を合わせながらとか、何気なく話すよう、そう躾けられてきた。
「始めよう。」
「はい。」
メイド達から見たら剣を合わせ鍛錬する兄妹。
でも、早口で話は進む。
「私が偵察に行く前に、もう1度様子を探らせたんだ。」
「そうですのね。
彼女に何かありましたか?」
「うん、とても大事なこと。」
「大事ですか。
あの、それって、属性の話ですか?」
「ふふっ。
あぁ、やっぱり知ってたんだね。」
「それは、はい。
ゲームではそれがヒロインの条件ですからね。」
「うん、だったら話は早い。
同じ属性を持つチェルシーにも1度彼女を見てもらいたい。
それに、チェルシーの力とも比べたいんだ。」
「でしたら私も行きます。
護衛はギルドでまかなえますか?」
「うん、大丈夫。
私だって強いからね。
母上には私から話しておくよ。」
「わかりました。お願いします。」
兄と相打ちになり、鍛錬を終えた。
「お兄様、手を抜きましたね?」
「ふふっ、どうかな?」
汗を流す私と爽やかな兄。
そんな兄から感じた感情の機微。
光属性を扱える人は一握りだ。
治癒も浄化もできる力。
そして、ユースフ兄様の持つ、これも珍しい闇属性。
光と対峙する存在だった。
闇は光を恐れる。
だから私はユースフ兄様の前では治癒も浄化もしない。
闇を払ってしまう可能性もあるから。
私は兄をも凌ぐ力を持っている。
だから、光は使えないのだ。
そして、ヒロインである彼女にも光属性が感じられたと。
今は僅かな力だろう。
平民として生きる彼女には魔力すら信じられない力だ。
それなのに、属性が光となると、少し厄介になる。
「チェルシーが光を使う時は闇に身を隠す。
私は大丈夫だから、きちんと彼女の力を見極めてくれ。」
「はい、わかりました。
幸い、光は別の光の輝き方を察知出来ますから。
ユースフ兄様の分も力を使います。」
「兄としては不甲斐ないな。
でも、頼むね。」
◇
学院の長期休みに入る前のことだった。
私は長期休みを利用して、ユースフ兄様と偵察をしようとしていた。
そんな私の事情を知らないリカルド様。
「ねぇ、チェルシー。」
「はい、どうかされました?」
いつものように王宮の図書室で過ごしていると話を始められた。
「うん。
長期休暇を利用して領地の視察に行くことになったんだ。」
「視察ですか?」
「うん。
王都だけではなく、領地の民の様子を知ることが大事だって。」
「…そうなんですのね。
しばらくかかるのですか?」
「…うん。
王家が治める領地は広大だからね。
全てを視察する為には長期休暇を利用しないといけないんだって。」
「では、このように一緒に過ごしたりは…。
いいえ、何でも。」
リカルド様とこんなにも離れることが無かった私は、彼の不在を寂しく思う。
「チェルシーも寂しいって思ってくれるの?」
「え?」
「僕はね、こんなにも長い間会えないのは無かったから…。
これが寂しいってことなんだよね。」
人の感情に疎かったリカルド様が『寂しい』と。
そう思ってくれることに嬉しく思う。
「リカルド様、学院でも王宮でも会えないのはとても寂しいです。
同じ気持ちで嬉しいです。」
「同じ…、うん、そっか。」
照れくさそうに微笑む姿を見て、顔が赤くなってしまった。
「チェルシー、熱があるの?」
「え?いいえ、その…。
リカルド様の笑顔が素敵で、照れたんです。」
そう言うともっと赤くなる顔。
「笑顔か…。
チェルシーは僕の笑顔、好き?」
「か…可愛いと思います。」
「可愛いか…。
格好いいって言って貰えるように視察して成長してくるね。」
またニコリと微笑む。
…本当は今でも格好いいけれど。
視察で色んな人に会って、この顔を見せられるのかな?と、少し胸がチクリとした。
◇
図書室で過ごした後、王妃様も一緒にお茶を楽しみ、帰る時間になった。
うちの馬車が見え、今日はジェイク兄様が迎えに来てくれているとのことだった。
「チェルシー。
また学院で。」
「はい。」
リカルド様が視察を予定している長期休暇まであと2週間ほどあり、それまでは同じように過ごす私達。
「ねぇ、チェルシー。」
「どうかされました?」
「家のことで君達が動いているのは知っている。
君が剣術も知識も長けていることもわかっている。」
「…。」
「だけど、危ないことはしないで欲しい。
今の僕は未熟だ。
それに視察に行くから、君を側で守ることも出来ない。」
「リカルド様…。」
リカルド様が両手で私の手を包む。
「これが心配するってことだと思う。
家業のことを理解していても、そこに君を行かせたくない。」
「…色々とご存じですのね。
でも今回はある孤児院を偵察に行くだけです。
物騒なことには私は関与していません。
それにユースフ兄様と一緒です。」
「ユー兄か。
それでも気をつけて。」
「はい。
心配して貰えて嬉しいです。」
「チェルシーだからだよ。」
心配して貰えることに、そして、それがリカルド様ということに、素直に嬉しく思った。
その後、リカルド様にエスコートされて馬車まで送って貰い、ジェイク兄様と一緒に帰路についた。
「あと5年だな。」
「えぇ、そうですね。」
「チェルシーはどうなんだ?
リカルドと婚約となれば、いずれは王妃だ。」
「珍しく真面目なことを聞かれますのね。」
「俺だって心配しているんだ。
家の仕事のこともあるし。」
「そうですね。
正直、王妃になる自信など無いです。
あの相関図にはマカレナ様の名前がありましたし、私はいなかったです。
それも心配です。」
「うん。」
「家業のことは自分が出来る範囲でお役に立てたらと思います。
騎士の道はジェイク兄様が、ギルドの方はユースフ兄様がしっかりと後継の勉強をされていますから。」
「でも、母上はチェルシーの能力に期待しているところもある。
ユースフと共にと考えておられただろうからな。
だけど…。」
「わかっています。
リカルド様を選べば家業の手伝いは出来ませんから。」
「まぁ、毒に耐性があるのは王妃としては合格点だろうけどな。」
「それはそうですね。
…あと5年あります。
相関図についても5年の間に調べないといけません。
何も無いならそれでいいんです。
あのゲームと現在が似ているだけだったら、それで。
でも…。」
「大丈夫だって。
シスル家総出で調べるんだから。
そこに危険があったとしても、皆でその原因を潰すから。
だから、リカルドのこと、ちゃんと考えろよ?」
「ふふっ、ジェイク兄様もリカルド様のことお好きですもんね。」
「俺も、お前もだろ?
あのユースフだってユー兄って呼ばれてからはリカルドに甘い。」
「確かにそうですね。
本当は国王陛下に聞かれれば、すぐにお受けするつもりでした。
でも、リカルド様のことを想っていても、背負うものも大きいので…。
きちんと考えます。」
「うん。」と言って、頭を撫でてくれたジェイク兄様。
それから2週間後、学院は長期休暇に入り、リカルド様は領地へ視察に向かわれた。
乙女ゲームのモブ令嬢、どうやら危険な家に転生したようです わん.び. @one_bi
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