第2話
私は家に帰ると、夜からの仕事の準備をしていた母の元へと行き、湖での出来事を話した。
「よりによってアイシアに…。」
「王妃様はお母様をご存じだと。
仲良しさんだっておっしゃっていました。」
「私達が?
まぁ、学院では一緒だったけれど。」
「王妃様はとてもお優しそうな方ですのね。」
「チェルシー、それは違うわ。
そんな認識は今すぐ捨ててちょうだい。
あれは皆ににこやかにしているし、物腰も柔らかいわ。
でもね、とっても曲者なの。」
「王妃様がですか?
そのようには…。」
「隠しているのよ。
隠せるぐらいの力ってことよ。」
それは相当な魔力量だと暗に示していた。
「それにね、私と同じぐらいの鑑定スキル持っているから、きっとバレたわ。
だからアイシアだけには会わせないようにしていたのに…。」
頭を抱える母に、「申し訳ございません。」と謝った。
「いいのよ、チェルシーは何も悪くないわ。
国王にならごまかせると高をくくっていた私達がいけないの。
それで、アイシアは?」
「改めてお礼に伺いますと伝えてと。」
「はぁ…、わかったわ。
今日はゆっくり休んでね。」
「はい。
お母様もお仕事、お気をつけて。」
「えぇ、今日は何人でも倒せそうね。」と肩を回す母を見送った。
◇
あの湖での出来事から3日後、シスル伯爵家にとても高貴なお客様が来られた。
「たかが伯爵家に国王が来るとはな。」
「そう言うな。
私だって外に出たいんだ。
久しぶりにエスターの家を訪ねたかったからな。」
「私もカイラが嫁いだ家に来てみたかったの。
ちっとも呼んでくれないんだもの。
それにしても、カイラの好みの家具ばかりねぇ。」
「敢えて呼ばなかったのよ。
あなたは王妃なのよ?
それに私好みのは、あなたの趣味では無いでしょうから。」
国王、王妃、王子が伯爵家の来賓室に来ていた。
お茶を出すメイドの手も震える。
「今日はねチェルシーちゃんにお礼に来たの。
これは気に入ってくれるかわからないんだけど、これから学院でも使えると思ってね。」
差し出されたのは丁寧に仕上げられた筆記具のセット。
可愛いし、確かに使える。
「ありがとうございます。
有り難く使わせて頂きます。」
「ふふっ、女の子って、本当に可愛いわねぇ。」
そこで王子が口を開いた。
「父様、チェルシーがトビーを殺してくれたんだ。」
王子の言葉に私以外の家族が固まる。
うん、この口調のせいよね。
「リカルド、もう少し言い方を変えてみようか。
守ってくれた、そうだろう?」
優しく諭す父に頷いている。
「わかった。
チェルシーがトビーを殺して、守ってくれたんだ。」
わぁー、わかってないじゃない。
父も母も目が怖いわ。
「ふふふ。
まぁ、ちゃんと言えた方よね。
リカルド、偉いわ。」
え、王妃様、それでいいの?
「…ねぇ、アイシア。
子育てについて何か言うつもりは無いんだけどね、でも…。」
「えぇ、そうね。
わかっているのよ。
家庭教師からも匙を投げられたから。」
「え?
誰に頼んだの?」
「ほら、私達の先輩のマイラー様よ。」
「えぇ、もちろん知っているわ。
マイラー様にはうちもお願いしたからね。
チェルシーの時はもう家庭教師を辞めたと言われたから諦めたけれど、上2人は習ったわよ。
あ、でも…、ユースフは短期間で終わったわね。」
「えぇ、母上。
習うことは早く覚えましたから、家業に役に立つことを教えて欲しいとお願いし、何度か解体書について聞いていたら、教えることは終わったと言われてしまいましたね。」
えぇぇ…。
「人が死ぬ仕組みを知りたかっただけなんですけど、追い詰めてしまったようです。」
「ユースフ、わかったわ。
お願い、もう黙って。」
「あらぁ、そうだったのね。
カイラも私に言えないじゃない。
だってね、マイラー様は少しだけ授業をした後、もう同じような人には関わりたくありませんって。
あれって…。」
「言わないで。
よーく理解したから。」
きっとユースフ兄様のせいだわね。
目の前のニコニコしている王子を見て悟った。
「では、剣術はどうしたのだ?
魔獣であるトビーに不用意に近づくなど…。」
父が国王に尋ねる。
「それはお前が断ったんだろうが。
私はエスターに鍛えて欲しかったのに。」
「あれは本気だったのか?
冗談だと思ったし、俺は我が子らで手一杯だと言ったんだ。
3人もいるんだぞ。
それに、第2騎士団長も剣術に長けているし、魔獣に関しても知識は十分だ。」
「…あいつに頼んださ。
だが、1回目の鍛錬で泣きつかれた。」
「は?」
「容赦なく剣を向けてくる我が子の顔が怖かったと。」
あぁ…と、私達は理解した。
「父様、剣は持ちたくなかったのに持てと言われました。
だから、首を取ろうと思っただけです。」
悪びれる様子も無い王子。
「…わかった。
今後は私が面倒を見る。
リカルド様、この伯爵家で剣術を学びますか?」
父の問いかけに、「ここでなら重くても持ってみる。チェルシーも一緒?」と返す王子。
「えぇ、チェルシーも同じように剣術を学んでいます。
ただ、ここでは王子としてではなく、1人の男として剣を学ぶ覚悟はありますか?」
「うん。
チェルシーみたいに魔獣を切ってみたい。」
私、何か凄く悪影響を与えていないかしら?
にこやかに話す王子に国王も王妃も上機嫌だが、やっぱりどこかおかしい王子だったのねと私は思った。
そんな私にジェイク兄様が小さな声で話しかける。
「何か、ユースフが2人いるような気がしないか?」
「ジェイク兄様、皆が口に出さないのです。
わかっていても黙ってて下さいませ。」
ニコニコと笑う王子とユースフ兄様。
家庭教師さえも教えることを拒む2人を親達はどう思っているんだろうか。
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