乙女ゲームのモブ令嬢、どうやら危険な家に転生したようです

わん.び.

第1章 モブ令嬢の表と裏の家業 第1話

喉が熱くて痛い…。

舌がピリピリと痺れるの…。

朦朧とする意識の中、私は自分の身体に起きていることを把握出来なかった。

これはトラックに轢かれた痛みとは違うわ。


…トラック?

突然頭に流れ込んでくる映像。

私は青信号で横断歩道を渡っていた。

そこへ大きなトラックが私を目がけて、凄いスピードでやって来た。

ドーンという音と共に弾き飛ばされた身体。

自分の身体からドクドクと血が流れるのを見た。

私…死ぬのね。

でも、これプレイしたかったのに。

発売されるのを楽しみにしていたのに…。

血に染まるゲームのパッケージを手に私は意識を手放した。


そして、舌が痺れる感覚と共に目を覚ました。


「お嬢様、ご無事でっ。」

私の汗を拭ってくれていたメイドが泣いている。

すぐに家族に知らせがいき、両親であろう人達がやって来た。


「あぁ、チェルシー。

よくぞ無事だった。」


「こんな小さなあなたに…。

目覚めてくれてありがとう。」


そう言って涙を流す両親らしき人達。

見るからに高そうな装飾品に囲まれた部屋。

ベッドも豪華だし、メイドって…どこのお貴族様よ。


ふと手を見ると思った以上に小さな手。

ぷっくり、ぷくぷくね。

これは何歳児なの?

っていうか、これって、まさかの異世界転生ってやつ?

そうなの?

私、たくさんゲームもしているし、小説も漫画も読んでいるわ。

だったら、これはどの世界?

チェルシーって呼ばれたけれど、私が知っているゲームや漫画にはそんな名前無かったわ。


ヒロインだったら、攻略していくとかって、まぁちょっとそれはややこしいけれど、相手さえ1人に決めて臨めば楽しい世界ね。

ヒロインじゃ無くて悪役令嬢だってどんとこいよ。

断罪されないように、今から動いて好きに生きるわ。

そういうの沢山プレイしたし、読んだもの。


さぁさぁさぁ、一体どれなの?


そう思って名前を頼りに思い出そうとしてもわからない。

何なら、寝込む前の記憶すら曖昧だ。


そうやって悶々としながらも、眠気に勝てずにウトウトとする。

眠りに落ちそうな時、聞こえてしまったの。



「あのヤブ医者め。

あんな幼い子に飲ませる量を間違えるなんて、能力を見誤ったな。」


「えぇ、3歳児にあの毒は無理よ。

あの男はこちらで処分するわ。」


え?

今、毒って言った?

この舌がピリピリするのって、毒なの?

それに、飲ませる量を間違えたってことは、飲ませるのは両親の指示?

は?

あんなに心配してくれてたから、愛されてるお嬢様だと思ったけど、違うの?


そう恐怖を感じた私はそれまでの、この家の令嬢としての記憶を取り戻した。

…チェルシー・シスル。

私はシスル伯爵家の末娘だ。

そこまで思い出したところで、視線を感じた。


窓を見ると、…え?

木に登り、窓の外から私を見ている人がいた。


こわっ。

誰?

何でこんなに見られてるの?


目を合わせないように俯きながら、早くいなくなってと願う。

だけど、彼は窓から入って来た。


ひっ…。

怯む私に思いっきりの笑顔を向けた彼。


「チェルシー、毒は攻略できたか?」


また毒って…。

この家、ずっと狙われているのかしら?


その人は私の顔を覗き込み、瞼を押し開け、喉の様子も見た。

「うん、顔色もいいし、目も充血していないな。

また来る。」

そう言って、また窓から出て行った。


タオルを取り替えに行ったメイドが戻ってきた。

「あら、ジェイク様がいらしてましたのね。

もう、窓では無く、ちゃんと扉からって何度も言っているのですのに。

でも、とても心配されてましたから、お嬢様のお顔を見て、安心されたでしょうね。」


ジェイク…。

うーん、その名前も覚えが無いな。

ただ、兄であるとは思い出したが、ゲームの登場人物か?と言われたら、記憶が無い。


私がプレイしていたゲームじゃないのかもしれないわ。

だって、チェルシーもジェイクも知らないし…でも、シスルって家の名前は何か引っかかるのよね。



その時、扉がノックされた。


「どうぞ。」


メイドの返答を待って開けられた扉。

そこには儚いという言葉がとても似合う、とても美しい男の子が立っていた。

その姿を確認し、メイドは部屋から出て行った。



「チェルシー、スープを持ってきたよ。」


にこやかに微笑んではいるが、目が笑っていない。

え、微笑みが…こわっ…。


そんな私に気づいたようで、持ってきたスープについて説明してくれた。


「チェルシー。

あの医者は3歳の君に使う量を間違ったんだ。

あれはお母様が捨ててくれたよ。

だからこれからは私が君に合わせた毒を調合してくるね。」


へ?

また毒?!


「ちゃんと死なないように、でも慣れるように、私が調整するから大丈夫だよ。」


ニッコリと笑う兄。

そんな兄の姿に固まる私。

そこへ兄を呼ぶ声が聞こえた。


「ユースフ様、家庭教師の先生がお見えです。」


「あぁ、ありがとう。

またね、チェルシー。」


彼が呼ばれた名前。

ユースフ・シスル。


その名前を聞いて、ここがどの世界なのか理解した。

彼はあのゲームの続編での攻略対象者だ。

何度もプレイしたゲームの続編に出てくる見目麗しい暗殺者。

表向きは伯爵令息。

裏では闇社会のギルド長。


ヤバいじゃん。

これって、どんなに頑張ってもどこかで詰んでしまう運命かも。


兄である暗殺者の卵が置いていったスープが目の前にある。

これを飲めって?

またあんな風に苦しくて痺れるかもしれないのに?


スープを見つめる私にメイドが話す。


「ユースフ様が調合されましたから大丈夫です。

さぁ、どうぞ。」


にこやかに毒入りスープを3歳児に近づけるメイド。

ここではそれが常識の家なのねと、私はスープを口に運んだ。

ピリリと痺れこそするが、息苦しくはならない。


「どうもありませんね?

良かったです。

では、ユースフ様にご報告しますね。」


それは私がこの家で生きていくことを覚悟しなければいけない、そんな日だった。

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