恋心は教科書の中で

kou

恋心は教科書の中で

 教室の窓から差し込む朝日が、高校にある教室を優しく照らしていた。

 登校して来た生徒達が、次々と教室に入ってきている。

 そこに一人の少女が入って来た。

 愛らしい容姿が魅力的な少女だ。

 身長は中くらいで、やや細身の体型をしており、顔立ちは可愛らしく、大きな瞳が印象的で、髪は柔らかな質感の茶色で、肩までの長さでさりげなくウェーブがかかっていた。

 名前を渡辺真由まゆという。

「おはよう」

 真由は、友人の愛美あいみ美咲みさきに挨拶をする。

「おはよう真由」

 彼女達も、それに答える。

 それからの3人の話題は、愛美が行った映画についてだった。

 主演俳優は今話題のイケメン俳優であり、その演技力は高く評価されているらしい。

「もう見に行ったんだ」

 真由は興味深そうに聞く。

 愛美は嬉しそうに話す。

 しかし、そんな話をしていると、一人の男子生徒が真由の後に立った。

 目元が釣り上がっており、どこか近寄り難い雰囲気を感じさせる顔立ちをしている。野良猫の様なその表情は、彼の生来の性格から来るものなのだろう。

 学生服の上から第二ボタンまでを外し、少し着崩した制服は、彼の性格を表しているようだった。

 名前を石原いしはら悠人ゆうとという。

 悠人は真由に無言の圧力をかけるかのように、じっと彼女を見つめていた。

 その視線に気づいた真由は、驚いたように一瞬、身を震わせると、恐る恐るといった感じで彼を見上げる。

「そこ。通りたんだけど」

 悠人が冷たく言い放つ。

 どうやら悠人は、真由が邪魔になっていることを注意しているらしい。

「あ。ごめんなさい」

 真由は慌てて通路を譲ると、悠人はぶっきらぼうに通り過ぎ、乱暴に椅子に座った。頬杖をついて窓の外を眺める。

「嫌ね、石原の奴。一言ぐらい謝ったらどうなの?」

 愛美は、小声でいきどおったように言う。

 悠人は何も聞こえていないかの様に無視をする。

「でも。私が通路を塞いでいたのは事実だし……」

 真由は申し訳なさそうに言う。

 すると、美咲は反論する。

「だとしてもよ。真由は、石原の隣の席なんだからご近所みたいなものでしょ。あんな態度を取るなんて最低よ」

 そう憤慨する美咲だったが、当の悠人にはまるで反省の色が見られなかった。

 そんな会話をしている内にチャイムが鳴り、担任教師が入ってきた。

 そして、いつものようにホームルームが始まる。


 ◆


 真由は、次の数学の授業の用意をしていた。

 数学教師の瀧本は厳しいことで有名だ。

 授業中に居眠りなどしようものなら、容赦なくチョークが飛ぶ。

 教科書を取り出そうとして、真由は教科書が無いことに気がつく。瀧本は忘れ物に厳しく、忘れた生徒は課題を増やされるだけでなく、たっぷり絞られることになるのだ。

(どうしよう……)

 真由は、焦るが瀧本が教室に入っていた。

 別のクラスに借り行く時間はない。

 何とか授業中にバレなければ大丈夫なハズだと、自分に言い聞かせる。

 授業が進んでいく中、瀧本は教科書を広げて言った。

「誰か。教科書の25ページを読んでもらおうか」

 瀧本の言葉に真由はビクッと震える。その反応を見られたからか、それとも運が悪かったか、真由が指名された。

「渡辺。頭から読んでくれ」

 真由は、か細い声で返事をするが、すぐに立ち上がれない。怒られるのが分かっているからだ。仕方なく、ゆっくりと立ち上がる。

 その瞬間、床に教科書が落ちた。

「おい。落としたぞ」

 そう言ったのは、真由の横の席に居た悠人だ。彼は、教科書を拾い上げると真由に手渡す。

 もちろん、それは真由の物ではない。

 真由は悠斗が教科書を密かに貸してくれていることに気づくと、お礼を言いながら教科書を開く。

「しゃ、自然現象や社会現象の中には2つの……」

 真由は、慌て、急いで読み始めるのだった。

「……そこまでだ。続きを石原に読んでもらおうか」

 瀧本の指名に、真由は驚くが、どうすることもできない。

 悠人は立ち上がると謝った。

「すみません。教科書を忘れました」

 その後の瀧本の怒り方は尋常ではなかった。

 真由は身がすくんだ。

 それは、生徒に対するものではなく、物に対して怒るような態度だった。

 悠人は弁解しなかった。

 そして、真由は教科書を貸してもらった事実が怖くて言えなかった。

 代わりに怒られる悠人を尻目に、自分がなんて心無い人間だと感じる。

 それと同時に、悠人が自分に教科書を貸してくれたこと、そして彼の無言の優しさに心が揺れ動いていた。

 悠人の冷たい印象と、真由を助けてくれたことが、矛盾しているように感じられる。

 それでも、彼の優しさに心が温かくなるのを抑えきれなった。

 数学の授業が終わり、真由は教科書を返す。

「石原君。さっきは、ありがとう」

「別に」

 そう言って悠人は、教科書を受け取る。

(石原君って優しいんだ)

 そう思うと自然と笑みがこぼれる。

 無意識の内に、隣の悠人に視線を送っていた。

 しかし、悠人は何事もなかったかのように窓の外を眺めているだけだった。

 そんな素っ気なさの中に、真由は悠人に惹かれる気持ちを自覚し始めていた。

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