第7話 クロイの夢
おれは夢を見ていた。クマイと出会った頃の夢だ。あの時、おれは短期間だがロシアへ交換留学に出ていた。オヤジが北海道のヒグマ政治家との付き合いのために無理やり押し込んできた交換留学プロジェクトに参加させられて、おれは言葉もわからないロシアで一人浮いていた。言葉が通じないばっかりに、強そうないかつい、体長3メートルもあるヒグマと喧嘩してガタイの違いで叩きのめされたりしていた。
ロシアでの生活に馴染めなくて悲しくなったおれは、ある時期から山の上に登り、長大なシベリア鉄道を眺めるのが日課になった。あの列車に乗って港まで行けば日本へ帰れるんだよな、帰りたいなぁ。なんだか、そんな事をずっと考えていたのだった。
「あなたも、てつどうが好きなんですか?」
突然、日本語の通じないはずのロシアで、素っ頓狂なちょっとアクセントのおかしい日本語で質問されておれはびっくりした。振り向くとそこには、なんとも優しい顔をした、とぼけた感じのシロクマがいた。
「ボクも、こうしててつどうを眺めるのが大好きなんですよねぇ。何ていうか…てつどうって、ただ人や物を運ぶだけじゃなくて、いろんな思いや出会いを運んでると思うんです。」
なんだか変わった奴だと思ったが、人の
それから、おれはシロクマの家に呼ばれた。シロクマの親父さんはロシアの鉄道技師で、お母さんは大学で日本語を教える講師だった。だからこいつは日本語がわかるんだ、と納得した。お母さんの作ったあったかいボルシチとパンを食べて、その日からおれたちは友達になった。
おれと真逆でインドアで内気、暇さえあれば本ばかり読んで勉強しているシロクマだが、一生懸命、おれにロシア語や、ロシアの文化・慣習を教えてくれた。おれは夢中になって日本の話をした。シロクマが大好きな日本の鉄道の話も、おれの知っている範囲で一生懸命喋った。シロクマのお母さんが出してくれる真っ黒に近い紅茶を、つけあわせの杏のジャムを舐めながらチビチビと飲み、おれたちは夜遅くまでおしゃべりをした。
そして寮ではなくて今日からはうちへ泊りなさいとシロクマの親父さんが言ってくれた。正直、食事があまり美味しくない寮生活よりも、シロクマの家に泊めてもらえる方が数倍良かった。数日が立つと、おれたちは友達から、親友と呼べるような間柄になっていた。
おれがロシアを離れて日本へ帰る日、シロクマは将来、必ず日本へ留学に行くと言った。そのとき、いかついヒグマにボコボコになるまで殴られても、言葉が通じなくてバカにされたときも、ついぞ流れなかった涙が頬を伝って出て来た。ふと、気づいたらシロクマはおれの倍くらい泣いていた。
ああ、もうすぐ、出航の時間が近づいてくる…
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