第6話 タヌキャス配信中
狸三郎はササっと卓を片付けると、ノートパソコンを開いてマイクを接続し、タヌキャスとか何とかいうネット配信を始めていた。
「はいはい~、フォロワーの皆さん、今日もよろタヌ~。今日は、おっさんたちが騒いでる旅館からの配信です~」
狸三郎が挨拶も無く、無遠慮にネット配信を始めたことにおれはちょっとムッとしたが、他の二人は酒が入っているせいもあってか至っておおらかだった。
「なんやサブ、これ、テレビ電話か?おもろそうやんか!おっちゃんも混ぜてえな!狸のおっちゃんやで~!」
「これ、みんなに見えてるんですか?こんにちは~!」
なんだか、二人のスッと懐に入っていく能力の高さに狸三郎もタジタジしていて、遠巻きに見ているとおれも楽しくなってきた。狸三郎はおっさんたちのバカ騒ぎに水を差してやろうと思ったのかもしれないが、逆に海千山千のおっさんたちに自分の世界に入り込まれて困惑しているようだ。
なんだか一人でムッとしていることが馬鹿らしくなって、おれもカメラの前でアルベルトと相撲をとったり、クマイの超難問てつどうクイズ企画に参加したりしてケラケラと笑った。
配信も制限時間で終わると、みんなで露天風呂へ行くことになった。狸三郎は相変わらずよそよそしい。アルベルトがちょっかいを出して嫌がったりしている。やっぱり反抗期というか、中二病というか、そういう時期なんだろう。おれもそんな風にオヤジとか、周囲のおっさん達に接していたころがあったことを思い返すと、なんだかムッとしていた気持ちが消えていった。
「あったかいですねぇ~。」
「生き返る感じやなぁ~。」
おれは狸三郎と少しでもコミュニケーションを取ろうと声をかけてみた。こういうとき、相手の心にスッと、自然に入る様なセリフを自然に言えるクマイが羨ましい。
「狸三郎、どうだ?温まるか?」
ほとんど苦し紛れみたいなありきたりのおっさんの質問に、帰ってくるのは反抗期らしいセリフだった。
「温泉だからね。当然あったかいよね。」
なんだか少し悲しくなってしまった。でも、必死で自分が反抗期だったときの気持ちを掘り起こしてみる。こんな時期にはおっさんに話しかけられるだけでも、至極面倒くさいのだ。
「さっきの配信で流してた歌、なんの唄なんだ?おっさんだから疎くて。」
「アニメの主題歌だよ。最近見てる奴。」
「へえ、面白いのか、すこし聞かせてくれよ。」
狸三郎は自分が熱中しているアニメのあらすじについて、色々と語ってくれた。ただ…クマイの鉄道話は素人向けにわかりやすく話してくれるからスッと頭に入ってくる。アルベルトの昔話も、さすが記者だけあって組み立てがわかりやすい。一方で、熱心に話す狸三郎のアニメの話は、ある程度予備知識が無いとなかなかついていけないのだった。でも、おれは狸三郎が一生懸命に真剣にアニメをみている、とてもそのアニメが好きだ、ってことは理解できた。
「まあ、どうせおっさんには良くわかんないだろ?」
「はは、正直なところ、そうだな。でもな、おれでも、狸三郎がそのアニメをとても好きなのはわかる。」
「アニメなんか見てないで、若いうちは勉強しろって言うんじゃないの?」
「ん?アニメは好きなんだから、今まで通り熱心に一生懸命見ろよ。ただ、勉強も大事だから、出来る範囲で一生懸命、頑張れよ。」
お説教されるだろうと予期していたのか、狸三郎はキョトンとした顔をしている。別にものわかりのいいおっさんクマを演じたわけじゃない。そういう時間も、きっと人生には必要だとおれは思うからだ。そうこうしているとアルベルトが、お銚子に日本酒を入れて持ってきた。
「風呂やからなぁ、過ごしたらあかんでぇ~、量はちょっとやで~。」
「今日はまだ月は出てないのか。月見酒だったら最高なんだがな。」
「熊吟醸は、おいしくて、あったまりますねぇ~。」
量はちょっとと言いつつも、ついつい追加、追加で飲んでしまって、おっさんたち三人はすっかり温泉で出来上がってしまった。おれたちは風呂を上がってドタドタと部屋に戻ると、布団を敷いてそこに潜り込んで、いびきをかいて寝てしまった。
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