第10話 水晶のカケラ
翌朝、二日酔いでぼーっとした頭で朝風呂に入り、朝食をとる。狸三郎は昨日の事なんか無かったかのように、涼しい顔で朝食をタヌキャスで配信していた。アルベルトの食べ方が汚いだの、おれが食うのが早すぎるだの、クマイがハムエッグをご飯にのせて食べてるだのと言って実況しては、視聴者を盛り上げていた。十分ほどで配信は終り、狸三郎も自分の膳に箸をつけようとした。
「クマイさあ、なんでハムエッグをご飯に乗っけて食べるの?」
「これはですね、ハチクマライスと言って、昔の国鉄の人が朝食で食べたやりかただそうなんです。てつどう好きが嵩じて、なんだか真似していたら癖になっちゃいました。」
「ふーん。」
そういうと、狸三郎は自分の膳のハムエッグをご飯に乗せて食べ始めた。
「わるくないね、これ。」
「そうですね、わるくないですねぇ。」
おれはなんだか、旅行が終わってしまうのがとても寂しかった。でも、非日常ってやつは、たまに、ちょっとだけやって来るから素敵なんだろう、と思った。午前中は家にいるクロジたちのためにドングリを集めて帰ろうと計画していたので、狸三郎を奥山にある広葉樹林でのドングリ拾いに誘った。
「ん~、俺、ドングリとかはいいや。やりたい事あるから先に帰るわ。」
狸三郎はそういうと玄関に向かった。玄関で狸三郎はフッとふりかえると、
「なあ、また来てもいいか?」
なんだか、少し照れ臭そうにそう言った。
「もちろん、また旅館が空いた日は声をかけるぜ。」
そうおれは言った。そして、おれはふとある事をおもいついた。オヤジがくれた水晶だ。山梨の方の山の中には、今でもたまに水晶のかけらが落ちているそうだ。オヤジが若い時に拾って、じいさんに見せたら「困ったとき、辛い時、寂しい時、この石が頑張る力をくれる。そういうものだ。」と説明されたそうだ。昔、おれがロシアに短期留学に行く前、そんな昔話とともに譲り受けたのがこの水晶だ。
「狸三郎、これやるよ。」
そういっておれは水晶を狸三郎にわたした。
「なにこれ?」
「これは、おれのオヤジが昔みつけた水晶のカケラさ。こいつを持ってると、困ったとき、辛い時、寂しいとき、立ち向かっていく頑張る力を貰えるって言ってたぞ。」
「もっとダイレクトにさ、楽に簡単に幸せになれるとかじゃないの?」
「おれも同じことをオヤジに言ったんだ。そしたら、そういうのは価値が無いんだってさ。勝手に降ってくる幸せよりも、頑張る力のほうがずっと大切なんだってさ。」
「ふーん。でも、これってクロイにとって必要な、大切なものなんじゃないの?」
「おれは昨日の晩に、別の水晶を手に入れたんだ。だから、こいつはお前にやるよ。」
狸三郎は暫く手のひらに水晶を乗せて眺めていた。そして、ちょこんと頭を下げると、
「ありがとうございました。」
そういって、玄関から出ていった。おれたちも遅れて身支度をして旅館を後にすることにした。宿の料金はタダだが、酒屋の支払いと冷蔵庫の清算、そして調理場や部屋の後片付けをして玄関を出た。玄関をでて朝の冷たい空気を吸い込み、街の方を見ると、街へと続く道をとぼとぼと狸三郎が歩いているのが見えた。クマイは駆け出して小高い場所にいくと、いつものあいつからは信じられないような大声で叫んだ。
「また一緒に遊びましょうねぇ~!」
狸三郎は、答える代わりに持っているバックをぐるぐると頭上で振り回すと、嬉しそうにぴょこんとジャンプをしてみせた。
さあ、おれは弟たちのためにドングリを集めなきゃならない。
丹沢の空は青く青く広がり、山々はこれから来る雪の季節を待っているように見えた。
月夜のどうぶつ温泉 クマイ一郎 @kumai_kuroi
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