第9話 どうぶつ達の夜話
「クマイのやさしさの原動力は、その寂しさだと思うぜ。」
突然、おれの言葉を聞いたクマイはちょっとびっくりしたような顔をしたあと、いつもの通りのんびりした口調で答えた。
「それなら、わるい事でもないのかもしれませんねぇ。」
「ああ、わるい事じゃないのかもしれないよな。」
なんだか曖昧な言葉だが、今この瞬間には、何かを決めつけない曖昧さがとても大切な物のように思えた。人のこころなんて、ハッキリ割り切れるもんじゃないんだ。自分自身だってわからないのだから。
「わるい事でもない」という曖昧な言葉が、なんだか水晶みたいにキラキラしながらおれのこころに沁みていった。
おれは起き上がると、広縁の障子をあけて外を見た。窓の外には、綺麗な綺麗な半月がぽかりと浮かんでいた。十一月の澄み切った、そして冷え切った丹沢の空気に冴えて、月はとても美しい。
「来てみろよ、綺麗だぜ。」
おれが呼ぶと二人も広縁に来た。
「綺麗だな…」
「綺麗ですねぇ…」
寒いのはわかっているのだが、どうしてもこの冴えわたった月をガラス越しじゃなく直に見たくて、おれは広縁の窓を開け放った。十一月の山の寒気が一気に部屋の中に流れ込んでくる。そして、部屋の方からゴソゴソと音がした。
「なんや、寒いやんか~。寒い時はこれ飲まなぁ~。」
アルベルトが笑顔で一升瓶を持ってくる。
寒いからみんな掛け布団をかぶってモコモコになって酒を酌み交わした。なんだか、布団のお化けの酒盛りみたいになっている。狸三郎は時にはアルベルトの布団に潜り込んでタバコ臭いと言ったり、次におれの布団に潜り込んではクマイよりゴワゴワしてるね、などと言っている。おれは広縁にある旅館の冷蔵庫からサイダーを取り出すと、狸三郎にわたした。
「寝る前に歯を磨けよ。」
「わかってるよ~。」
なんてことないやり取りが、なんでこんなに大切に感じられるのだろうか。今、この瞬間を閉じ込めて永遠に保存出来たら、などと出来るはずもない事をおれは空想した。
空気はますます寒くなり、月はますます冴えわたり、おれたちの
「そこでね、兄貴が綺麗な女の人に化けて、ヒッチハイクしたらどうだろうって言ったんだよ…」
「いいアイデアだけど、危険もありそうだな、それで?」
そんなやり取りをしながら、おれたちは皆で子狸の冒険譚を追体験した。夜は長く長く続き、月はゆっくりとゆっくりと傾いていくのだった。
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