第2話 ルポライター狸

 ウキウキとした気持ちで家を出ると、面倒くさい奴に出会ってしまった。ルポライターのアルベルト狸山まみやまだ。こいつはうちの一族についてあること無い事書いては雑誌に売っているライターだ。「タヌキ実話」とか、「どうぶつ芸能」なんていう、なんというか、わりと下世話な雑誌によく記事を書いている。先日も「丹沢の水利権を牛耳る謎のツキノワグマ一族の闇!」とかいうタイトルで、おれ達の一族の事をある事ない事書いていやがった。しかし、不思議とオヤジは嫌っていなくて「このくらいなら、逆に宣伝になる」と鷹揚に構えている。


 「クロイの坊ちゃん、お出かけですかいな。」

 「ああ、ちょっとそこまで、散歩にでも行こうかと思ってね。」

 「散歩にしてはえらい大荷物ですなあ、なんや旅行でもいかはるん?」

 「ええ、実はクロイさんのお父さんの温泉に招待されたんですよ!」


 クマイは良い奴だが、こいつはバカがつくくらい正直だ。このまま行くと、なんだか面倒くさい事になりそうだと思っていると、事態は想像よりもどんどん悪い方向へ進んでいった。


 「なんや面白そうでええなぁ…、うらやましいわ。」

 「クロイさん、よかったら狸山さんも誘ったらどうですか?」

 「え? ああ、でもオヤジがなんというかな。」


 最悪だ。せっかくの静養が下世話なルポライターのタヌキと一緒ではたまらない。根ほり葉ほり聞かれて、話題になりそうなところだけ切り取られて記事にされたらと思うと冷や汗が出る。なんとか断る口実を探そうとしているうちに、狸野郎は携帯を取り出すと何やら電話していた。


 「ええ、はいはい、そうなんですわー。せっかくですから、ワテも同行させてもらえたら最高ですわぁ。そうですか、えらいおおきに。」


 おれが逡巡しているうちに、この狸はオヤジに電話して勝手に話をまとめてしまった。おれの携帯にオヤジからのものと思われるLINE通知が来るが、読む気にもなれない。


 「坊ちゃん!お父さんがぜひ一緒に、て言うてくれましたわ!」

 

 殴ってやろうかと思ったが、今となっては万事休すだ。しかもクマイは無邪気に喜んでいる。


 「みんなで行った方が、楽しいかもしれませんねぇ!」

 「そ…そうだな。人数が多い方が楽しいもんな…。」


 ここであからさまに不機嫌になるのも大人げない。なんだかなぁ、という気持ちを抱えつつ、俺は気持ちを切り替えて温泉に向かうことにした。そのとき、クマイがまた何やら思い付きを口にした。


 「せっかくですから、狸一郎たぬいちろうさんと狸三郎たぬさぶろうさんも呼んであげたら…」




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