第3話 てつどう好きのクマ

 アルベルトは横浜で、狸一郎、狸三郎という兄弟のタヌキと同居している。どういういきさつで一緒に暮らしているのかは聞いたことが無いが、なにかよんどころない事情があったのだろうとおれは思っていた。どちらも悪い奴ではないが、狸一郎はなんというか、アバンギャルドそのものと言った狸で癖が強い。狸三郎は中二病まっさかりと言った感じの小賢しい小僧だ。根は良い奴なんだろうが、年齢のせいかなんとなく扱いづらい。人の良いクマイは、こいつらも温泉に呼んでやろうと言うのだ。


 アルベルトの同行だけでも予定外なのに、更に状況は混沌としてきた。もうここまで来たら毒は皿まで喰うしかないなと思い、おれもクマイの提案にに賛成した。ここまで来たら、タヌキが来てもキツネが来ても構うもんかという気持ちになっていた。


 「…そやねん、温泉、どない? ああ、そうか。」


 アルベルトは携帯を取り出すと電話していたが、やがて残念そうに電話を切った。


 「うちの坊ンたちは、兄貴はなんか色気づいてデートやとか言うとって、サブはなんや見たい配信があるとかなんとか言うてたわ。腹立つから、こっちから来るな言うといたわ!」


 アルベルトが呼び出したが、反抗期まっさかりの彼らは四の五の言って来ないようだ。なんだか出鼻をくじかれたうえに、いろいろとゴチャゴチャとしておれはなんだか疲れてしまった。


 おれたちは江ノ電にのって鎌倉から藤沢へ向かい、そこから小田急ロマンスカーで渋沢へと向かうことにした。今日は天気がよく、ゴトゴトとゆっくり走る江ノ電の車窓から眺める海岸線沿いの風景は旅情を盛り上げるのにぴったりだった。腰越から江ノ島の間にある路面区間は車と列車がギリギリですれちがい、なかなかスリルがある。おれはクマイに話しかけた。


 「ここだけ、路面電車なんだな…」

 「細かい話なんですけど、路面電車というのは「軌道」という扱いで、江ノ電はあくまで「鉄道」っていうカテゴリーなんです。だから、腰越~江ノ島間は「路面電車」ではなくて「併用軌道区間」っていうんですよ!細かい話ですいません…」

 「じゃあ、軌道と鉄道って何が違うんだよ?」

 「そもそも、軌道法と鉄道事業法という別々の法律があって、事業者に与えられた免許が違いまして……」


 クマイは鉄道が大好きなので、いろいろと解説をしてくれる。独りよがりなオタクという訳ではなく、いろいろな視点から専門的な解説をしてくれるので、なんだか勉強になった気分になる。知識マウントを取るわけでもなく、さらっと話を盛り上げてくれるのが楽しい。さして鉄道に興味がないおれやアルベルトも話に引き込まれてしまう。鉄道談義は、藤沢から小田急ロマンスカーに乗り換えても続いた。


 「ロマンスカーは、連接台車と言う構造なんです。普通の電車は、車両の前と後ろの二か所に台車がありますよね。でも、ロマンスカーは電車の車両と車両のつなぎ目の部分に台車がある構造なんですよ。ほら、見てください。」

 「ホントだな。なんでロマンスカーは違うんだ?」

 「連接台車構造は、曲線区間が多い鉄道でも乗り心地が良く、有利なんですよ。こういう感じでスムーズに曲がれるんです…」


 クマイは技術系シロクマらしく、いつもカバンに方眼ノートやシャープペンシルを入れている。さらさらっと列車やレールの模式図を書いてくれるのでわかりやすい。


 「おもろいなあ、何でもエンジニアさんらは、よう考えてるもんや。」

 「実は、カーブのきつい江ノ電もこの方式なんですよ。帰りに見てみるといいですよ!」

 「普通は床下なんか見ねえからな。初めて知ったぜ…でもさ、そんなに利点があるならなんでJRとか普通の電車も連接台車にしないんだよ?」

 「車両を切り離して組み替えたりとか、一両一両を工場で整備するときに切り離しに手間がかかったりとか、デメリットも色々あるんですよねぇ…」

 「なかなか全部についていい、って事は無えもんだよな。」


 渋沢で列車を降りると、クマイはやっぱりもう一度、自分で狸三郎に電話してみると言い出した。


 「うん、旅館には高速Wi-Fiもあるよ、それよりもご飯が美味しいんですよ!」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る