月夜のどうぶつ温泉

クマイ一郎

第1話 どうぶつ達の休日

 おれの名前はクロイという。神奈川は丹沢のあたりじゃあ、ちょっと知られたツキノワグマだ。そうは言っても、実家が名家で、オヤジが名の知れた経営者だってことで、親の七光りだの、親につけてもらったツキノワだのと後ろ指刺してくる奴はいる。もし、おれが昭和の時代に生きるクマだったら、そんな事を言う奴は腕力で叩き伏せられたんだろうけど、さすがに今の時代ではどうぶつの間でもそんな乱暴は許されない。おれは、そんな奴らはいつか、オヤジの力を借りずにおれ自身の手で成功させたビジネスで見返してやるぞって思いながら日々を過ごしている。


 おれはいま、生まれ故郷の丹沢を離れて、友達と鎌倉に間借りをしている。独り立ちしろって言うオヤジの意見でもあるし、友達のことが好きだからだ。友達はクマイって言う名前のホッキョクグマで、ロシアからやってきた奴だ。本名はクマイル・クマイコフと言うが、今は呼びやすいのでクマイが通称になっている。他にもおれたちの兄弟や、縁あって集ってきたクマたちで家はまるで大家族みたいになっている。おれの弟も小熊を授かったりと嬉しい変化も起き、いまは家の中はてんやわんやだ。


 そんなある日、オヤジが自分が経営している温泉旅館の休館日があるからタダで泊まらせてやると言ってきた。願ってもないチャンスだから、おれは二つ返事でOKしたが、運悪く小熊が寒さのせいかお腹を壊してしまって、みんなで行くことはできなくなってしまった。


 弟のクロジが「僕は赤ちゃんの面倒をみなきゃならないからさ、今回は兄貴たちだけでゆっくりと骨休めしてきなよ」と言ってくれた。兄弟だからなにかといさかいはあるが、クロジは本当に根が優しいのだ。有難くお言葉に従う事にして、おれはクマイを誘ってオヤジの自称隠し湯にでかけることにした。隠し湯と言っても大手旅館予約サイトの「〇ゃらん」にも載ってるし、週に一回は二百円で地域のシルバーどうぶつ達に使って貰っているから、何が隠し湯なのか今一つよくわからんが。いずれにしても、今日は休館日で宿はおれたちの完全貸し切りになる、そういう意味では隠し湯と言えないこともないな、と思った。


 ちょっとした一泊旅行なので、着替えの下着と身の回りの荷物だけをもって出発することにした。休館日で従業員がいないので、料理などは自分たちでなんとかして、簡単なものでも用意するしかない。途中にスーパーと酒屋などがあるから、食料と酒はそこで調達して届けてもらう事にしようと考えた。


 なんとなくウキウキとした気分で、おれとクマイは家を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る