第21話 旦那様と約束

 それから私は五日間、目を覚まさなかったらしい。


 お医者様が言うには、ネズサという一種の麻酔薬を大量に摂取させられたことによる、体の負担。

 襲われ、攫われた挙句、殺されそうになった恐怖。つまり、心の負担も重なり、それくらいの休養が必要だったのではないか、という見解だった。


 その間、ドニはずっと、私の部屋にいたらしい。今も私の部屋にいて、脈を取っている。


「ごめん。まだ慣れなくて。嫌かもしれないけど、僕の気持ちが落ち着くまで、待ってくれないかな」


 ドニは、私が生きていることを確認、いや、納得したいらしいのだ。

 この世界に転生してから、私を探して守ろうとまでしてくれたのだから、拒否なんてできなかった。


「いいよ。私はドニのお陰で無事なんだから。気が済むまでして」

「ありがとう。それから、ルエラに一つ、謝ることがあるんだ」

「謝ること?」


 私の手を離し、姿勢を正すドニ。


「……実は、ウェンディ・シェストフのことを調べさせたんだ」

「え?」

「ごめん、我慢できなくて」

「それで?」


 私の質問がおかしかったのか、ドニはキョトンとした顔を向ける。


「怒っていないの? 僕がウェンディを調べたから、ルエラは危険な目に遭ったんだよ。折角、教えてくれたのに、忠告を無視したから」

「忠告?」


 私がいつ、ドニにそんなことを……。あった。一つだけ。私がドニに助言できるものが。

 オーラだ。確かにあの時、薄い黒いオーラは警告だと教えてくれた。


「だから気にして……大丈夫。怒っていないわ。それよりも調べた結果の方が聞きたい」

「そっか。うん、分かった……その、どうやら、シェストフ男爵家にいないらしいんだ」

「え? いない?」


 どういうこと?


「シェストフ男爵家はウチと同じで、領地を持っていないのよ。男爵家にいなかったら、何処にいるっていうの?」

「落ち着いて、ルエラ。勿論、探したさ。そしたら……デーゼナー公爵領にいたんだ」


 何で、と口を開いたが、驚きのあまり言葉が出なかった。ドニはただ、私の答えよりも反応を見てから、続きを話し出した。


「前に、この世界は僕が書いた推理小説『今日もノワグの丘で祈りを』だって話したよね。その中で僕とウェンディが出会うのが、デーゼナー公爵領の港町ペカッドなんだ」

「ペカッド……」


 接点のない二人が、何でそんなところで……。


「親友の……ルエラの死で、塞ぎ込んでしまったウェンディを心配したシェストフ男爵は、気分転換にと、遠方で開催される舞踏会に出席させるんだ。だけどその帰り道、首都への直行便が欠航。ペカッドに寄らざるを得なくなったんだ。物流が滞ることを心配した僕は、ペカッドを視察に来ていて――……」

「待って待って! えっと、つまり、どういうこと?」

「そこでウェンディが、僕を待っているのさ」


 何故? そんな先回りするようなことを……。


「あっ、もしかして、ウェンディはドニと同じなの?」

「恐らく、彼女も転生者だと思う。リザンドロからも言質を取れているしね」

「何て?」

「え?」

「何て言っていたの? リザンドロは」


 目を逸らすドニ。いつもは真っ直ぐ見てくれるのに、都合が悪くなるとすぐにこうなってしまう。

 言いたくないことなら、仕方がないわ。


「言えるようになったら教えて。私はいつでも平気だから」

「っ! いや、そうじゃないんだ。ルエラに誤解されたくなくて……! ウェンディは、その、僕の妻になる、人、だから」

「妻? あっ、そうよね。私、いないことになっているわけだから、当然と言えば当然よね」


 そう、ドニが別の誰かと結婚していても、おかしくはない。でも、そんなのは嫌。嫌よ。


 俯くと、ドニが私の手を取った。


「ウェンディはどうやら、その地位を望んでいるらしい。だからリザンドロに、ルエラの殺害を依頼した。本来の筋書きに戻したいがために」

「でも、プレゼントって言っていたわ」

「筋書きがそうだし、リザンドロにもそう言えば納得するだろう。何せ奴は、ウェンディの信奉者だからね」

「……それじゃ、もう私の知るウェンディじゃないのね」


 けれどリザンドロの中では、以前のウェンディと変わらない。盲目的な愛情は、それすらも曇らせるのに十分だった。


「それどころか、随分とあくどい女になったよ。まさか、リザンドロを利用するなんてね」

「……どうしたらいいのかしら」


 相手がリザンドロでも大変なのに、ウェンディが別人だなんて。


「それはゆっくり考えて行こう。今のルエラに必要なのは休養なんだから」

「分かったわ。でも約束をして。一人で抱え込まないって。私にドニがしてくれたように、私もドニを助けたいんだから」

「っ! ありがとう。今度からはそうするよ」


 ドニはそういうと、小指を前に出した。


「何? これ」

「約束の証みたいなものかな、僕が前にいた世界の。ルエラも僕みたいに小指を出して」

「こう?」


 言われるがまま出すと、私の小指にドニの小指が絡んだ。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」

「は、針千本!?」

「ちょっと怖い歌詞だよね。大丈夫、比喩だから。本当に針千本なんて飲まないよ」


 笑っていうドニの体からは、白いオーラが薄っすらと見える。

 うん。これからは何でも言おう、ドニに。今、白いオーラが見えたことも含めて。



――――――――――――――――――


 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

 中途半端だと思われるかもしれませんが、これにて第一章完結です。

 

 こちらは「嫁入りからのセカンドライフ」中編コンテスト、参加作品なので、コンテスト終了後に続編を執筆したいと思います。

 色々と好き勝手に書いたので、難しいかな、と。サスペンスまで入れていますから。

 けれど気に入っている作品なので、ダメでも続きは書きたいと思っています。


 ドニとの恋の行方や、ウェンディ、リザンドロという障害。直接対決など。

 すでに両片思いなので、くっつくのは時間の問題だと思いますが……臆病な二人なので、どうなるか分かりません。


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三年間限定の公爵夫人 ~転生したと言い張る旦那様は私を幸せにしたいらしい~ 有木珠乃 @Neighboring

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