第20話 旦那様との再会

 苦しい。息ができない。

 あぁ、やっぱりリザンドロに殺される運命だったのかな、と思った瞬間、その原因が口の中の液体だということに気がついた。


 それが何だか分からなくても、どうにかしないと。苦しくて堪らない!


 吐き出すことが不可能だと察した私は、喉に流し込むことにした。すると次第に視界がハッキリと見え……!


「んっ!」


 至近距離のドニの顔に驚いた。その僅かな反応に気づいたのか、目を開けるドニ。


 いや、その前に……この距離。唇に当たる感触。く、口の中ーーー!


 こ、これってどういう状況なの?


 私が何度も瞬きをしている内に、ドニの顔が離れて行った。

 いつもの距離。安堵する表情。


「ド、ドニ……」


 呼びかけると泣きそうな顔に変わる。


 あぁ、そうだ。私、リザンドロ・アレバロに捕まって、動くことも話すこともできなかったんだ。


「ドニ、ドニ」


 もう一度呼び、上半身を起こそうとした。が、まだそれはできないらしい。代わりに私は、両手を伸ばした。

 途端、上半身が浮かぶ。


「良かった。本当に良かった」


 抱き寄せられて感じるドニの体温と声。段々と戻って来る感覚に、嬉しさが込み上げてきた。と同時に、恐怖がフラッシュバックする。


「ドニ……私……」

「大丈夫。ここにはもう、ルエラを傷つける者はいないから」

「うん」


 それでも収まらない震えに、今度は涙まで。私はドニの胸に顔を埋め、必死に見えないようにした。

 けれど嗚咽が漏れて、泣いているのが伝わってしまった。


「すぐに駆けつけられなくてごめん」


 首を横に振る。


「痛いところはある?」


 もう一度、横に振る。段々と感覚が戻ってきたが、何ともなかった。


「ルエラ。それでも、僕は心配なんだ。邸宅に戻って、ちゃんと診てもらいたい。いいかな」

「邸、宅?」

「そう、ここは首都だから。ルエラが安心して過ごせるところに、早く連れて行きたいんだよ」

「私……私も、行きたい。連れてって、ドニ」


 ここに居たくない。安全なところに早く行きたい。


 顔を上げて懇願すると、ドニは少しだけ私の体を離した。「あっ」と声を発した瞬間、頭に布を被せられる。


「ごめん。僕のマントで我慢してほしいんだけど、馬車までは被っていてくれないかな。他の連中に見せたくないんだ、ルエラの泣き顔を」

「他?」


 少しだけマントを捲ると、ドニが言ったように、騎士たちの姿が見えた。途端、さらに深く被らされる。


「さっ、帰ろう。デーゼナー公爵邸に」


 ドニは私を横抱きにして歩き出した。と同時に感じる、ドニの匂い。マントを被ったからなのか、密閉された空間になって、より私の鼻をかすめた。


 その安心感に加えて、適度な揺れが私を眠りに誘う。

 視界が暗くなったからかもしれない。もしくは最近、ドニと寝起きを共にするようになったせいもあるのだろう。

 ドニの温もりも相まって、私は馬車に辿り着く前に眠りに落ちた。

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