第19話 狂人と旦那様(ドニ視点)
「あぁ……やく! よう……ですよ、ウェ……。……との約……せそうです! そし……たら、ま……に微笑んで……る。ウェン……は私だけ……!」
外にいても聞こえる、リザンドロ・アレバロの声。熱狂しているのか、馬車の音や蹄の音にさえも気づいていないらしい。
ここは首都の郊外にある、平民層が暮らす一角。一際目立つ家の前に、僕たちは来ていた。
貴族街でもそうだが、同じ階級であっても軒並みを見れば一目瞭然。格差は見えてくる。
リザンドロの家は、一言でいうと規格外。どの枠にも入れなくて、孤立せざるを得なかったのだ。何せ、
隙間から見える白い外壁と茶色い外枠の窓。お洒落というには無造作で、汚らしい。恐らく、家周りのことなどしていなかった結果、絡みついたのだ。
そんな家の隣など、誰が住みたがるだろう。その気味の悪い家は、一線を画すように、軒並みから離れた場所にあった。
お陰でリザンドロの家の前に、騎士や魔術師たちがいても、近くの住民たちは騒ぎ立てなかった。
「予想通り、犯人は家に戻っている。直ちに突入して、ルエラの身を確保! 犯人は殺害しても構わない。手段を選ぶな! 家が壊れても、周りに被害が出ても、全て僕が責任を取る。好きにやれ!」
今は時間との勝負だ。中を確認している暇はない。リザンドロがいる、と分かればそれでいいのだ。
被害が出るのは想定内。だが、構っている暇はなかった。
僕の号令と共に、団長のドネル・クレマンが腕を振り上げて、魔術師たちに合図を送る。
中の構造を知っている僕は、魔術師たちに、扉は水魔法で壊すように指示を出していた。
「「「ウォーターバレット」」」
勢いよく扉を壊す水の塊。大きな音を立てて、木片と一緒にいくつもの塊が中へ。そう、中へ中へと。
勢いがなくなった水は、さらに奥へと流れる。物音と共に流れ込んでくる水に、嫌でもリザンドロは、手を止めずにはいられない。
何せ奴は奥の部屋にいるのだから。
少しでもいい、ルエラの傍から奴を引き離したい!
「よし! 突入ー!」
水が引いたタイミングで、クレマン卿が騎士たちに号令を出す。
目的はルエラの救出であり、それ以外はどさくさに紛れて、物を壊したっていい。犯人であるリザンドロの身も気にする必要はない。
そんな騎士や魔術師たちにとって、戦いやすい号令をかければ、俄然やる気になるのは当たり前だった。
本当は僕が前線に立って、ルエラを救いに行きたかったんだけどな……。
「魔術師たちと一緒に後方支援をお願いします」
クレマン卿に釘を刺された。
「相手は強い魔術師なんですよね。だったら、俺たちに先行させてください」
「ハッキリ言ったらどうかな。暴れたいって。それか、腕試しがしたい、かな」
そう指摘すると、二十代半ばを越した大の男が、少年のようにニカッと笑う。これを止められるだろうか。
案の定、魔術師たちと共に家の奥へ入ると、すでに騎士たちはリザンドロと交戦していた。
「騎士団の手練れ、五人を相手にしているのに……」
余裕の笑みをこちらに向けてくる。僕は気にせず、ルエラのところへ――……。
「デーゼナー公爵様。ようこそいらっしゃいました。なかなか素敵な訪問の仕方に驚いてしまいまして、ご挨拶が遅れました。リザンドロ・アレバロでございます」
行こうとした瞬間、目の前に奴が現れた。さっきまで、騎士たちの相手をしていたというのに……! 何て厄介な設定にしたんだ。
すかさず僕は剣を抜いて切りかかる。
「挨拶を返していただけないとは、残念ですね」
「妻を攫った男に、か」
会話さえもしたくない僕は、さらに踏み込んで距離を詰める。が、相手はそうではなかった。
魔法で残像を作るだけで、僕の攻撃を避ける。
「妻……ですか。ウェンディは違うと言っていましたよ? 認めたくはないですが、公爵様の妻になるのは自分だと。だから――……」
「ルエラを殺せ、とでも言ったのか?」
「えぇ。さすが、ウェンディのことを嗅ぎ回っていたことはありますね。そこまで予想済みでしたか」
正確にいうと、ウェンディ・シェストフを調べさせたら、原作とは全く違う行動をしていたのだ。
考えられるのはただ一つ。
僕と同じ転生者……。
「なら、僕を殺せないな。ウェンディ・シェストフの望みは僕なんだろう?」
その瞬間、リザンドロが発狂する。僕は魔術師たちに視線を向け、合図を送った。
これでもう、リザンドロの意識からルエラは消えたはずだ。その隙にルエラの元に魔術師を送り、治療をさせなければ。
僕はさらにリザンドロを挑発した。
「それでお前は? ウェンディ・シェストフが頼んだのは殺害だ。それも貴族の。平民のお前がそんなことをすれば、どうなるかくらい知っているんじゃないのか」
答えは死刑だ。つまり、
「随分と腐っているな」
ウェンディ・シェストフは、と言いかけた瞬間、リザンドロが叫びながら後退する。
原作でも決して認めようとはしなかった、ウェンディの自分に対する、本来の認識。その誤差が大きければ大きいほど、リザンドロはダメージを受ける。
お前を作った創造主をなめんなよ!
「捕らえろ!」
このまま一息に刺してやりたかったが、無抵抗な相手に、それをするわけにはいかない。面倒だけど、今の僕はデーゼナー公爵であり、ルエラの夫だ。
彼女の耳には入れたくなかった。
これでようやく、ルエラの元へ行ける。そう思った瞬間、騎士たちの悲鳴が聞こえた。振り返ると、そこにはもう、リザンドロの姿はなかった。
「申し訳ありません、公爵様」
「……いや、いい。僕の判断ミスだ。言っただろう。責任は全て、僕が取ると」
そうだ。奴を簡単に倒すことはできない。僕がそう、書いたんだから。
***
僕がリザンドロと一線を交えている間に、魔術師たちはちゃんと仕事をしてくれていた。
「ご苦労様。それでルエラの状態は?」
台の上に寝かされたルエラは、目を開けたまま、何の変化もなかった。
「ネズサの量が多かったのか、もしくはそれに打ち勝てないほど、精神が弱っているかの、どちらかと思われます」
「中毒症状、か」
「……恐らくは」
あとはショック療法しかない。が、リザンドロのようなことを、ルエラに言えるわけがなく。
僕は懐から解毒薬を取り出した。
「できることなら、ムードのある場面でしたかったんだけどな」
これもルエラのため。そう、人命救助はカウントに入らないともいうし。
あとで怒られたら、そう言おう。
僕は解毒薬を口に含み、ルエラに飲ませた。魔術師たちの治療のお陰で、喉の方は僅かだが動いてくれたのだ。
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