第4話 ああ。俺はバッキバキにイカれてる

    ◇◇◇◇◇


 ーー馬車の中



「……か、“仮に”だが、俺に何をさせる気なんだ?」


 右手を見つめ続けたまま俺は口を開いた。


 「もう2度と洗わない!」なんて童貞丸出しの事を考えていたのは言うまでもないだろうが、正直かなり落ち着いては来ている。


 シャルルからの殺気に嫌でも反応してしまったことが大きな要因の一つだ。


「あ、暗殺を生業(なりわい)とする孤児院を作ります」


 未だに顔が赤いクレアの予想外すぎる言葉に俺はやっと右手から視線を外した。


「……はっ?」


「……ロエル様が院長をして下さい」



 俺は赤らんだままの美しすぎる笑顔に絶句する。


「……“裏”の存在と駆け引きは無くなりません。どれだけ規制しようが“法”で縛ろうが、人間が人間である以上、悪事を働く者は生まれます」


「……」


「無法となる“裏”では、『力』こそが正義。そこには、弱肉強食の世界が広がっている……」


「……そ、その通りだ」


「ロエル様には“わたくしの領地”の『裏』を統べて頂きます」


「……」


「善良な民を守り、導くためには、領主となるわたくしが“劇薬”を懐に置くしかないのです」


「……ハ、ハハッ。マジかよ……」


「マジです……」



 クレアは目を細めて笑顔を作るが、俺は顔を手で覆って緩んでしまう顔を隠した。


(マジでなんなんだ? この女……。年下のお嬢様が、まるで“俺”みたいな事を言っている……?)


 お、落ち着け。はやるな……。


 悪意に晒されることなど経験していないであろう“公爵令嬢”が、地獄の幼少期を送ってきた俺と同じ“価値観”を持っているはずがない。

 

 いや……、“真紅の瞳”。

 『魔女の末裔』……? 


 コイツも虐げられ、過酷な日々を……? 確か伝承では“黒髪”のはずだが?


 ん? 待て待て……。



(“ヴェルファリス公爵家”!?)



 この女が、今、王都中で噂になっている令嬢なのか……!! 確か、第二王子に婚約破棄され、辺境に飛ばされる事になったって……?



(……ば、ばっかじゃねぇの、第二王子!!)



 なんでこんな美女を捨てれるんだ?

 性格がクソなのか? こんな顔で内面がクズなのか!? いやいや、そんなもんどうでもいいくらいの美女だろ!


 あっ。だからこそ、同類の俺を選んだのか?


 おおかた、“裏”で暴虐の限りを尽くす俺の力を利用して復讐でも……って、んなもん、どうでもいい!!


「……ロエル様?」


 キョトンと小首を傾げるクレアに顔を覆ったままゴクリと息を呑む。


 チャ、チャンスだ。


 借金が無くなった今、“第二の俺”を生み出す可能性は低い。うまくやりゃ、一発逆転もあり得る!


 “孤独こそ最大の自由”?


 バカか!! 1人じゃ、絶対にできない事があるだろう!!


 俺は自分がこれまで孤独に耐えるために捻り出した理由を全否定する。



 なぜなら……。


 ……童貞を捨てられるかもしれない。

 それも……、こんないい女で!!!!



 それしかなかった。

 俺の頭の中は、それが全てだった。

 おっぱいに触らせてくれたし、行ける気がするぅううう!! いや、イケる気しかせん!!



「ま、まとめると……借金がチャラになって、お前たちと働けばいいってことなのか?」


「……そうですね」


「……まぁ悪くないな。あ、暗殺だっけ? それって……最終的な判断は俺が決めていいか?」


「というと?」


「俺は悪人しか殺さないぞ? 俺が善人だと判断すれば、世間的にどんな悪人だろうと殺さないが?」


「……それで構いません。むしろ、私利私欲でロエル様を利用しようとした場合、あなたがわたくしを殺してください……」



 ニコッと微笑んだクレアだが、



 ガタッ!!



 唇を噛み締めながら黙っていたシャルルが勢いよく身を乗り出す。



「クレア様!! し、失礼ながら!! シャルルはやはり反対にございます! このような得体の知れない者を迎え入れるなど、危険すぎます!」


「……」


「確かに、規格外の力を有しているのは認めます。ですが、この者の“善悪”で決めるなど!」


「……シャル。あなたが生きているのはロエル様の温情よ?」


「……!! で、ですが!」


「ふふっ、大丈夫。何も心配ない」


「……ク、クレア様! 迎え入れるにしても《契約》を結ぶか、“奴隷紋”を、」


「これからは運命を共にする仲間となるの。縛りつける事は逆効果にしか、」


「シャルルはクレア様が心配なのです!」



 シャルルは俺へと鋭い視線を向ける。


 ブラウンの綺麗な瞳には涙が溜まり、噛み締めた唇からはタラリと血が垂れる。



(こりゃ……かなり気の強い女だ。まぁ、嫌いじゃないが……。うぅーん、なるほど。コイツを利用しない手はないな)



 俺は口角を吊り上げると、スッと手を伸ばし、グイッとシャルルの口元の血を拭う。



「なっ……、や、やめっ、ろっ!」



 パシッ……


 

 シャルルは俺の腕を払い、服の裾で口元を拭い直しながら俺を睨んでくる。



「どうすりゃ認める?」


「……ぇっ」


「……俺はクレアの提案に乗ってやってもいいが、まずはお前に俺を認めさせてからだろ?」


「……な、なにを考えて……」


「クレアを大好きなお前からの信頼を得れば、楽しく暮らせそうだからな」


「……ふざけた事を言うな。そんな事はありえない!」


「……“第二王子”でも殺して来てやろうか?」


「……!!」


「随分とひどい話だったんだろ? 俺のような最下層のクズでも知ってる」


「そのようなことをすれば、大罪人として一生を、」


「ハハッ! 誰が捕えられる? 誰が俺を牢屋にぶち込み、処刑台に送る? “本物の悪人”ならぶっ殺しても問題ないはずだろ? むしろ、みんな俺に感謝することになるはずだからな」


「……イ、イカれてるのか……?」


「あぁ。俺はバッキバキにイカれてる」



 俺がニヤリと笑えば、シャルルはサァーと顔を青くさせて引き攣らせる。



 パチンッ!



 手を叩いたのは少し目を細めて微笑むクレアだ。



「ロエル様。“殿下”など、殺す価値もありませんよ?」


「……そうか?」


「……そんな事よりも、“神穿剣(シンセンケン)”を抜きに行きましょう。それを目の当たりにすれば、シャルも認めざる得ないでしょうしね?」



 クレアはまるでイタズラを思いついた子供のように楽しそうに笑ったが、無知な俺は深く眉間に皺を寄せた。





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