第7話 お前、“何回目”なんだ?




   ◇◇◇◇◇



 ーー聖地「ホーリーエンド」



 ゴォオオオオオ!!!!



 水は変わらず大穴に飲み込まれていくが、魔法陣は徐々に発光を強めていて“何か”が来る事は間違いないが、《いそじん》は相変わらず「警戒」のまま。


 魔法陣からの「殺気」はない。


 気になるところではあるが、そんなことより今の俺には大切なことがある。



 ガンッ……!!



「シャルル。賭けは俺の勝ちだな!」



 俺はクリスタルのカケラがついたままの“シンセンケン”をシャルルの目の前に置いた。


「そ、“それ”どころではない!!!! ……“何か”が封印されていたのだぞ!!」


 シャルルは俺の方を一切見る事なく、クレアの前に立って湖を警戒している。



 “それどころじゃない”……だと?

 ……ふっ、かなりふざけてるな。



「“賭けた”んだろ!? 賭けの結果はしっかりと受け入れろよ! どれだけ苦労したと思ってんだ!!」


「バ、バカなのか!! それよりもやらねばならない事が目の前にあるだろう?」


「そんなもんは一つもない!! 賭けに勝ったら“精算”してくれなきゃ困る! ギャンブル中毒(ジャンキー)を舐めるなよ!? さっさと対価を払え! お前が払うまで、俺は何もしないからな!」


「………き、貴様が抜いたからこんな事になったのだ……」


「……あれれぇ~? 抜くように指示したのはクレアだぞ?」


「ほ、本当に抜けると思っておられなかったのだ!! ぜ、ぜぜ、全部、貴様のせいだ!!」


「ふざけんな! 何が来ても俺は何もしないからな! 嘘つきはクズの始まりだ!」



 ポワァアア!!!!



 湖の魔法陣が更に発光すると、夜空に向かって、5つの魔法陣が塔のように聳え立つ。



「クレア様!! 《転移》でお逃げ下さい!! これはただ事ではありません!」



 シャルルが叫ぶと同時に、湖の大穴からスゥーッとクリスタルが浮かび上がり、



 ガコンッ、ガコンガコンッ!!



 それは徐々に連結し、形作っていくと共に魔法陣の発光が鳴りを潜めていく。



「……おぉ~……すげぇな」



 俺はあまりの絶景に息を呑んだ。

 さっきまで賭けがなんだと騒いでいたのがバカらしくなるほどの絶景だ。


 徐々にドラゴンの形に変化するクリスタルには夜空が透けている。


 満月が血液のようにクリスタルの中を泳いで、まるで夜空の星の全てがドラゴンの血液のようだ。


 視界を埋め尽くすクリスタルたちを見つめていると、まるで俺自身が夜空の中に迷い込んだような感覚に陥る。



「……ふっ、マジで最高じゃん」



 俺がポツリと呟くと、シャルルがバッと視線を向けてくる。



「なにが“最高”だ!! “最悪”だ! これはシャレにならんぞ!! 『古の死竜』……“クリスタルドラゴン”だ!」


「まぁ、ちょっと落ち着けよ。こんな景色2度と拝めないぞ?」


「奇人め! なぜ、この状況で笑える!? ク、クレア様!! 早くお逃げに、」


 シャルルは急に言葉を止めた。

 不思議に思い、スッとクレアに視線を移すと……、


 

 ポロッ……



「……これは……素晴らしい絶景ですね」



 涙を流しながらニッコリと微笑んだ笑顔と目が合った。



 ドクンッ……



 俺の心臓が音を立てる。


 クレアの赤く染まった頬には涙が流れていて、銀髪は星々に照らされゴールドが混じり合う。


 涙の溜まった真紅の瞳の中にも星が舞っていて、そのあまりの美しさに息が止まりそうになる。



「だ、だろ? クレアは話がわかるな!! この景色を見て何にも感じないシャルルがおかしいんだ!」



 俺は誤魔化すように叫びながらも、顔に熱を感じ、慌てて視線を外す。


「……ふふっ。きっと一生忘れる事ができないのでしょうね」


「ク、クレア様……? け、景色を楽しんでいる場合ではございません!! 早く《転移》で逃げるのです!」


「シャル。わたくしは嘘は吐かない」


「な、何をおっしゃっているのです!?」


「ここに“守るべき民が2人”。心配せずとも、いざとなれば、あのドラゴンを連れて“地下深く”まで旅してくるから」


「そんなっ! 承伏できません!!」


 クレアは「ふふっ」と小さく微笑んだ。


 正直、絶景なんてどうでもよくなり、チラチラとクレアを盗み見ていた俺は「ん?」と首を傾げる。



「な、なりません!! シャルルがクレア様をお守りします!」


「シャル……」


「元はと言えば、シャルルがクレア様の決定に反発し、“この男”を受け入れなかった事にあります!」


 

 シャルルはまるで懺悔でもしているかのように自分を責め、クレアを逃そうと必死に言葉を紡ぐが、クレアはそれを宥め続ける。


 2人の会話を聞きながら、俺はクレアの涙混じりの笑顔と“虚無を感じさせる笑顔”……。


 おそらくは、対極にある2つの笑顔について考察し、ハッとする。



 クレアの笑顔には“恐怖”がない。

 これは、本来あり得ない事だ。


 クレアは“自分の死”を恐れていない。

 本物の死地を知っているのか、……“死に慣れている”のか……。



 ーー勝てるギャンブルしかしませんよ?



 クレアはこう言った。

 つまり、俺がクレアと働くのは決定事項だった可能性が高いってわけだ。


「……そういうことか?」


(……天職【旅行者(トラベラー)】。俺の仮定が正しければ、なかなかのぶっ壊れ職業(ジョブ)だな)



 クレアの“天職”を聞いた時の違和感の正体に今、気がついた。



「なぁ、クレア。……お前、“何回目”なんだ?」



 俺の問いかけにクレアは大きく目を見開く。



「……な、ぜです?」


「……【渡航者(トラベラー)】のスキルの中に、過去や未来に飛べるものがあるんじゃないのか?」


「……そんな便利なものはありませんよ? ですが……、流石ですね、ロエル様」


「……ハハッ。……って事はだ。もしかしてだが……」


「……?」


「俺を買ったのは“俺”か……?」


「……!! ……ふふっ、内緒です!」


 クレアは唇に人差し指を立てて、子供のように屈託なく笑った。


 心臓がキュッとなってしまう。

 まったく。心臓に悪い女だ……。


 “裏”に対する考え方や思考が俺と似通っていたのは、“俺から聞いた”という事だったのだろうか?



 いや……、もっと重要なことがある。


 


(……………ヤ、ヤッたのかな?)




 俺の思考が“そこ”に全振りする。


 さすがに聞いちゃ不味いのはわかっているが、気にならずにはいられない。


 おそらくクレアは“今の俺じゃない俺”と会っている。それは間違いない。


 重要なのは、その“俺”がクレアと結ばれたのかどうかという一点だが、それを“今の俺”がわかるはずもない。


 だが、どんな俺でも、クレアと一線を越えるために色々と試行錯誤したはずだ。


 嫌われてはいない……と思いたいが、ただ利用されているだけとも……いや、まぁいいか。


 これは考えるだけ無駄な事だ。



 『今世では何があろうと抱く!!』



 それでいい。考えても仕方ないさ。



 ガコンッガコンッ!!



「そろそろ、この絶景も見納めだな。おい、シャルル。おっぱい触らしてくれ……」


「「…………」」


「“賭け”の精算だ。これなら、すぐに終わるだろ?」


「き、貴様、この状況で何を考えて、」


「ロエル様。あのクリスタルドラゴンを屠って下されば、わたくしの胸を触って頂いて構いませ、」


「おっけぇ! それで行こう!!」


「そ、そんな事許されるはずが、」


 言葉がいい終わる前に了承した俺にシャルルがすぐさま声を上げるが……、



 ギャォオオオン!!!!



 どうやら、やっとお目覚めのようだ。



「さてさて、シャルル曰く、“古の死竜”? クリスタルドラゴンの討伐開始だな……」





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