第2話 天使とメイド
◇◇◇◇◇
ーー王都 裏路地
俺が「おっぱいでか」と呟いた瞬間にピリピリッっと“殺気”が頬を刺す。
ガタッ!!
それと同時に、目を血走らせたメイドが馬車から飛び出してきた。
「貴様!! 地獄に堕ちろ!!」
手にはナイフ。
躊躇なく俺の左眼を狙っている。
シュッ!
俺は難なく横に躱したが、メイドは叫ぶ。
「《再構築(リストア)》!」
ナイフには魔法陣が浮かび上がり、俺の首への“攻撃の軌道”が顕現する。
ナイフの金属部が淡く発光すると同時にグニャッと揺れ、俺の首を目掛けてレイピアのような細剣に変化する。
スカッ……
俺は第二撃も難なく躱し、即座に“軌道”を確認。第三撃に備える。
「《再構築(リストア)》!」
今度はレイピアに魔法陣。
グニャッと発光し、鎌のような形状に変化させる。
メイドは初撃から無駄な動きがなく、そのまま俺の首を刈り取りに来るが、
ブンッ!!
それも紙一重で躱してやる。
「……!?」
メイドは目を見開いてから、ザザっと距離を取った。
まさに、一瞬の攻防。
細い裏路地での攻防に目撃者などいないだろうが、見ていたところで視認することはできなかっただろう。
このメイドはまぁまぁやるが、残念ながら俺に不意打ちの類(たぐい)は通用しない。
毎日を殴られ、蹴られを繰り返していた俺が、初めて習得した“生活技能”《いそじん》は、『攻撃を予防』する。
言葉の意味は一切わからんが、“未来を守る”とかそんな意味だろう……。
日常的に命を狙われている俺は、常にこの《いそじん》を展開しているため、危機察知はもちろん、殺気をまとった攻撃は軌道すら見えるのだ。
(で? 次は……?)
勝ち誇ったように口角を吊り上げた俺に対し、
ビリビリッ!!
メイドは膝上の辺りでメイド服を引き裂いて綺麗な足を露わにする。
ゴクリと息を呑む俺。
スッと刺突の構えをみせるメイド。
「《再構築(リストア)》……」
メイドは、またレイピアのように変化させ、ガッと地面を蹴り出す。血走った瞳で超加速しながら“元ナイフ”を俺の心臓部に突き出すが……、
(《掃除》……)
俺はスキルを発動させ、そのレイピアの先端を左手の手のひらで受け止めるように前に出した。
「死ね!!」
メイドは止まる事なくレイピアを突き立てる。
しかし、
ズズズズズズッ……!!!!
レイピアは俺の手のひらを貫く事はなく、先端からジリジリと飲み込まれ、金属部が消え失せていく。
「なっ……、ふざ、けるな!!」
一瞬驚いたメイドは、気にする事なくレイピアを突き刺してくるが、俺は「ふっ」と笑みをこぼす。
俺の《掃除》は『左の手のひらをブラックホール』にするイカれスキルだ。
右眼をくり抜かれ、左眼まで持っていかれそうになった時に……って、それは別にいいか。
ともかく、俺の《掃除》は、どんな“モノ”でも塵と化す。
範囲はかなり狭いが、コレで掌底でも喰らわせれば手のひらサイズの穴が空くってわけだ。
ただまぁ……。
急に襲いかかって来たからと言って、即座にぶっ殺すわけにもいかない。
ガシッ……
俺はスキルを解除し、“柄だけ”を握ったメイドの拳を受け止めた。
「……き、貴様……。なにを……?」
唖然として俺を見つめるメイド。
“なぜ殺さなかったか?”
……そんなの、このメイドがめちゃくちゃ美人だからに決まってる。
少し暗い金髪のショートカット。大きなブラウンの瞳は驚愕に満ちており、形のいい耳には小さなルビーのイヤリングが揺れている。
中性的で整いすぎた容姿。
一見、女装した超絶イケメンのようにも見えるが、控えめでも確かに膨らんでいる胸元。短くなったスカートからのぞく、綺麗な美脚……。
身動き一つ取らないメイドに、俺はグッと眉間に皺を寄せて視線を伏せた。
というのも……、
(め、めっちゃくちゃ綺麗なメイドの手を握ってしまったぁあああ!!!!)
ドクンドクンドクンドクンッ!!
もう好きになりかけていたからだ。
なんだ、このメイド!
な、なんて綺麗な顔してる!
男? いや、女だ! 間違いない!
なんなんだよ、この男装でもすりゃ、わんさか女が群がってきそうな美人はッ!!
これで女? おいおい! そのメイド服の中身はどんな感じなんだよ!!
「「…………」」
ってか、なんで何も言わない?!
もしかして俺の手から離れたくないのか? もしかして、俺の事好きになっちゃんたんじゃねぇだろうなぁ!?
俺の片眼、いや、顔面はギンギンだ。
こうして女体と接触するのは何年ぶりだろうか。
細い指に華奢な拳。
でも……、
(なぁんで、こんな柔らかいんだ!?)
心臓はバクバクで、もう時間が止まってしまえばいい。
そんなバカな事を考えていると、こちらに向かって走ってくる音が聞こえ、先程の“天使”がひょこっと顔を出した。
「も、申し訳ありません。“ロエル様”」
天使がお辞儀をし、俺は再度その美貌に絶句する。
(……ゆ、夢なら覚めないでくれ!!)
モンモンが止まらない。
ドキドキが止まらない。
(俺、地獄じゃなくて天国に連れてかれるのか……?)
“もう俺は死んだのかもしれない”という衝撃を受ける俺を他所に、メイドはハッとした様子で、俺と天使の間に立つ。
「“クレア様”! この者は危険です! 早く馬車にお戻りに、」
「“シャル”。何をしているの?」
「えっ……」
「いきなり襲いかかるなんて……。何を考えているの?」
「い、いえ、この者がクレア様に許されない無礼を、」
「ロエル様に謝罪なさい……」
「ク、クレア様……?」
メイドは天使へとクルリと振り返る。
「わたくしの胸が大きい事は事実です。ロエル様は見たままの感想を口にしただけ……」
「……そ、それは、そうですが……。“ヴェルファリス公爵家”であるクレア様に対し、あのような下品な言葉を、」
「まだ名乗ってもいないのよ? ……それに、発言の自由を奪う権利など、わたくしは持ち合わせてもいないわ」
「……!! も、申し訳ありません!」
「……シャル。謝罪する相手が違うと思うわ?」
淡々とした口調の端々に優しい雰囲気。綺麗に澄んだ声が聞こえれば、今にも泣き出しそうな顔で美人メイドは俺へと視線を移す。
「も、申し訳ありませんでした……」
めちゃくちゃ不満そうな顔で頭を下げたが、俺は言葉を返す事ができない。
(なんて綺麗な女だ……)
俺は天使に見惚れていた。
こんな美女には出会った事がない。
銀髪はサラサラのストレート。
パッチリとした真紅の瞳。
真っ白いきめ細かな肌。
少し背が低くて華奢な四肢。
それに似合わぬ、爆乳。
バカ高そうなドレスは品があり、胸の谷間すらも見えないが、唯一見える鎖骨がとんでもなくエロい。キュッと引き締まった細い腰もたまらん。
パチッ……
不意に目が合い、思わず視線を外す。
「従者の無礼の責任は私にあります。本当に申し訳ありませんでした」
「い、いえ!! 全て“シャルル”の独断でございます! クレア様にはなんの責任もございません!! ロ、ロエル様! どうかお許しくださいませ!!」
ガバッと慌てて頭を下げたメイドの姿にハッと我に返る。
「あ、あぁ。別に全然問題ない。……確かに俺も貴族様に向かって失礼な事を言ったしな」
俺の言葉に、天使はホッとしたような笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます。……改めまして、“クレア・フォン・ヴェルファリス”と申します」
「……クレア様にお仕えする護衛メイドの“シャルル・ミリエット”と申します」
「クレアとシャルルか……。俺は確かにロエル・ジュードだが……、えっと……何がどうなってんの?」
やっと頭が回り始めた俺は曖昧に笑いながら首を傾げた。
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