第16話 あっ。完璧に忘れてたな。
◇◇◇◇◇
ーー王都 裏路地自宅前広場
「ロ、ロエル様! ご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありません! に、兄様は少し頭がおかしいのです!」
ただでさえ白いクレアの顔は更に青白くなっている。
俺はクレアに“兄様”と呼ばれたイケメン君を見つめながら、(確かに綺麗な銀髪がお揃いだ……)なんてことを考えながら、
グッ!!
クレアを引き寄せ、《炎脚》で超加速をして来たミーズウェルの《炎拳》を《戸締り》を発動させてパシッと受け止める。
ポワァアッ!
俺の足元には魔法陣。
おそらくジェグリモの《土縛》。
俺はクレアを抱いたまま、片手でミーズウェルを持ち上げ、足元の魔法陣に向けて殺さない程度に叩きつける。
「ガハッ!!」
うめき声をあげるミーズウェルなど気にも止めず、砕けた地面が跳ね上がって来たので、石ころを一つ手に取り、シャルルを人質にしようとしているグードの元へと投げる。
グチュッ!!
太ももに当たりドサッと倒れたグードは、「クソがっ……!」と俺を睨んでくる。
(残りはジェグリモとガジェッド……。メイラは支援系だし、別に放置でいいか……)
俺はあまりの情報の多さに頭がパンクしていたが、
ゾワッ……
背後からの強烈な「殺気」にゴクリと息を呑み、息を大きく吸い《戸締り》を発動させて振り返る。
キンッ!!
躊躇なく首を刎ねに来た剣を裏拳で受け止めた。
目の前にはギリギリとは歯を食いしばりながら目を血走らせている“お義兄様”。
さっきまでとはまるで別人だ。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……。クゥから離れろ、この“化け物”が!!」
プルプルと震えながら、ますます重くなっていく剣。
《爆買い》で全身強化をしているが、呼吸を再開した瞬間……、つまりは《戸締り》を解除した瞬間に手首がぶった斬られるだろう。
……どうすりゃいい!?
反撃するか? いやいや、クレアの兄ちゃんなんだぞ!? ただでさえ煽り倒したのに、ぶっ飛ばすわけにはいかんだろ!?
《戸締り》を解除したらヤバいし、ってことは喋れんってことだし、クレアいい匂いだし、ドサクサに紛れて腰を抱いてるし、オッパいがアバラに当たってるし、お義兄様バッキバキにキレてるし、クレアめちゃくちゃいい匂いだし、本当にクレアいるし、夢じゃないし、おっぱいだし……、お義兄様だし!
って、とりあえず避難するか!!
いつもなら問答無用で腹を蹴り上げている俺は至極当たり前の事に気づく。
「《居合》まで止めるのかッ……! おい、ロエル・ジュード!! さっさとクゥから離れ、」
パシンッ!!
お義兄様の言葉は、クレアの強烈なビンタによって遮られ、剣圧は一瞬で見る影も無くなった。
「クゥ……?」
お義兄様は剣を下ろし、ぶたれた頬に片手を添えて放心してしまったからだ。
「な、なな、なんてことをしてくれているのですか! 本当におやめ下さい! 心の底から考えられません!」
「ク、クゥ……」
「そもそも、なぜこちらにいるのです? 今日は騎士団の入団試験に立ち会わなければならないのでしょう!?」
「…………僕はクゥが心配で、」
「いりません。これまでも、これからも!」
「な、なんっ、」
「はぁー……、兄様の事を嫌いになってしまいそうです」
クレアは少し赤くなった頬のまま、それはもう冷酷な真紅の瞳で軽蔑をあらわにする。
「ぐはっ!!」
お義兄様は吐血してぶっ倒れた。
「お、おい、クレア。言い過ぎ、」
さすがに言い過ぎだと思った俺だが、ぶっ倒れたお義兄様の姿を見て、言葉を止めた。
「あぁ。クゥ……わかってる、わかってるよ。クゥが僕を嫌いになるわけないし、大丈夫、大丈夫。こりゃ夢だ。全部、全部悪い夢だったんだ……はははっ……」
早い話、“コイツ”はヤバいやつだった。
……まぁ……仕方ないか。
血溜まりでニヤニヤして気持ち悪っ……。
「ハ、ハハッ……」
俺が苦笑すると、クレアは今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げる。
「……ロ、ロエル様。兄の記憶は消して下さい……」
上目遣いとギュッと押し当てられる胸の破壊力に悶絶は必至だ。
でもまぁ……、“アイツ”はこのタイミングを逃すようなヤツじゃない。
ポワァア……
クレアの“影”に魔法陣。
おそらくこの場では俺の次に強いガジェッドが動いた事を察知する。
「クレア、もっと捕まれ!」
「は、はい!」
モニュンッ……
狙ってないとは言わないが、これは不可抗力……。致し方がないんだ。
(……最っ高~!!!!!!!)
ドガッ!!
俺は地面を割り、“影”を壊しながら跳躍してシャルルの元へと向かう。
そのついでに、
ブォンッ!!
上空で拳を振り“風圧”で土の中に隠れているジェグリモの場所を地面ごと攻撃した。
スタッ……
少しバツの悪そうな顔をしているシャルルの前に降り立つ。
「……ロ、ロエル・ジュード。助けてくれて感謝する。……ラ、“ライル様”はなんと言って、」
「シャルル。そこに転がってる男の四肢をレイピアでぶっ刺しといて」
「え、あ、」
「俺は“お義兄様”を回収してくる」
「なっ!! おに、い……!! ふ、ふざける、」
いつも通りに戻ったシャルルにクレアを預けて駆け出す。
ひとまずは“連中”を無力化する。
次の手として、ぶっ倒れているお義兄様が狙われるのは確実だろう。
ガジェッドとメイラか……。
クレアが来たって事は、俺の借金はないはず……。
「やれやれ……、何しに来たんだか」
ポツリと呟きながら、いい事を思いつく。
ガジェッドは正直かなりやる。
俺が闇金ギルドで“殺さない”と決めている善人だから加減が難しい。かと言って、殺すつもりでやらないと面倒になるくらいには強い。
天職【暗殺者】。
“影”を操るスキルを複数個所有し、魔法陣を研究する事で、魔法とスキルを掛け合わせるような天才だ。
……俺に幼馴染という存在がいるとしたら、“コイツら”で間違いない。2人ともいいヤツだが、敵対する事で絶妙な距離感を保って遠ざけて来た。
仲良くはしてないが、“知っている”。
もちろん、それは弱点も……。
ダンッ!!
お義兄様に移動していた俺は、急速に方向転換する。
全体が見渡せて、被害が出ない所……。
さっきジェグリモを風圧で攻撃した時に、危機察知である《いそじん》が反応した“上空”の一点。
ガシッ!!
俺は何も見えない空を掴む。
「ロ、“ロエ君”!!」
姿を見せたのはメイラだ。
俺は即座に背後に回り込み、メイラの細い首に腕を回して、地面へと落ちて行く。
「イタッ、ちょ、ちょっと! ロエ君! 痛くしないで……!」
「久しぶりだな、メイラ。大人しく泣いとけ」
「……ほんと、相変わらずだね」
メイラは呆れたように呟き、大人しく人質に取られる事を選んだようだ。
こちらもおんなじ感想だ。
相変わらず頭がいいし、ちっちゃくていい匂いがする。
地面に降り立つ瞬間に「《浮遊》しろ」とメイラに合図し、衝撃を無効化させる。
広場の中央。
俺はニヤリと口角を吊り上げると、
「ガジェッド!! 姿を見せろ! メイラをぶっ殺すぞ?」
俺でもどこに隠れているかわからないガジェッドに向けて大声を出した。
メイラはガジェッドの大事な大事な想い人。アイツは何よりもメイラを優先する。
人質を取られてギルドの犬になったガジェッドと俺の決定的違いは、“『特別』を作るか作らないか”だ。
まぁ、“顔や頭の作りの善し悪しを除けば”という言葉も必要だがな……。
ガタッ……
「メイラに触るな、“ロエ”。コイツをぶっ殺すぞ?」
ガジェッドが出て来たのは自宅。
その背後には、ベッドのシーツをグルグル巻きにされた状態で、ガジェッドの《影糸》で拘束されている無表情の天使がうとうとしながら首を傾げていた。
「……あっ。完璧に忘れてたな」
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