散々な金曜日も、これでおしまいだよな 前編
「どうして告発する気になったのですか」
沈黙が漂う中で、最初に口を開いたのは高梨だった。それも、隣にいるオレでさえ聞き取れるかどうかってくらい、か細い声で。
突然の問いかけに、荒井がスッと顔を上げて、
「アイツらウチだけでなく、よその学校の生徒も巻き添えにしようとしていて……」
ボソボソと動機を話し始めた。
想定外の事態に、オレの頭はついていけない。ウチの学校って、こんなヤバい所だったけ?
「オレの弟も野球をやっているから。あれがバレたら、このあたりの学校が公式試合に出れなくなる」
「まあ、確かに」
高梨は高揚のない声で相槌を打つ。
『県北地域丸ごと公式試合出禁』
もしも、そんな事態に陥ったなら、ウチの学校お終いだよな。
「顧問への相談は」
「アイツは地元生徒より、他県出のレギュラー陣を贔屓にしていたから」
高梨がオレに顔を向ける。顧問は都会育ちの体育会系ってな感じもあって、地元生徒の部員受けは芳しくない。オレも当事者の一人だから、荒井の言い分もよくわかる。
重々しいほどの沈黙が、1分余り続いた。
こっそり箸を進める直前、何かが閃いたのか、
「詰問会の招集を狙っての非行?」
高梨は耳慣れない言葉を荒井に投げかけた。
「オレ、あんまり勉強出来ないし……担任や顧問より上の人と接触する手段がなくて」
ひょっとして、『転売』に顧問も関わっているの? オレと同じ考えなのか、高梨は疑惑をメッセージアプリで伝えた。
返信はイエスノーどちらでもない。と言うよりも、荒井自身、『黒幕』の有無は知らないんだとか。話すネタも尽きたところで、オレたちはラーメンの残りを平らげた。
「またお越し下さいませ」
暖簾をかき分ける背後から、店員の軽やかな声が届く一方で、先に出た荒井の丸みを帯びた背中が夕焼けを反射する。
「少し経ったら跡を追うぞ」
「はい?」
そう言って、高梨がオレの傍を通り過ぎる。
「上手くいけば、実行犯から黒幕に繋がる糸を掴めるそうだからな」
ふり向きざまに見せた笑顔が怖くて、オレは柄にもなくたじろいだ。
ラーメン屋の裏手はちょっとした住宅街で、塀と塀の間の道を、俺たちは歩いている。先を歩く荒井から数メートルの距離を保ちながら。
「こんなことで、黒幕に辿り着くのかよ」
野郎二人がかりで男相手のストーキングとか、ちっとばかし恥ずかしいな。
「嫌なら、帰っていいけど」
高梨のそっけない態度、なんとかならないのか? だったらなおさら、引き下がる訳にはいかねえよ。
夕方と称するにも遅い時間のため、頭上の街灯から白い光が降りそそぐ。ターゲットの動きに細心の注意を払いつつ、オレたちは尾行を続けた。
「ところで、荒井センパイってこの辺に住んでいるんだっけ」
「いいや。彼の実家は、医王坂線の沿線にある佐々井駅の辺り」
医王坂線はラーメン屋沿いの県道を越えないと、最寄りの駅には辿り着けない。ちょっと待て! この先にあるのって。
「県外出身者用の下宿先だな」
ウソだと言ってくれよ。それ敵の本拠地じゃねえか。アイツの手引きで『黒幕』と鉢合わせしたら、どうするつもりだよ。
「まあ、なるようになれば……」
遠くで唸るバイクの排気音が、高梨の言葉を遮ぎる。こっちに近づいているような? 徐々に轟音が大きさを増す。二人同時にふり返れば、角から大型二輪が現れた。
こっちに来るのかと、オレたちはコンクリート塀に背中を預ける。
へ? 後ろにも人がいる。やり過ごそうと待ち構えたオレたちの動きを予測したのだろう。こちらに真っ直ぐ伸びた腕が、高梨のスクールバッグをひったくった。
ものの数十秒の出来事に、二人して呆気に囚われる。
「待てよゴルアッ!」
狭い公道を駆け抜けるバイクを追うべく、オレは自分のバッグを地べたに投げ捨てると同時にダッシュした。
「小池っ……やめろッ」
高梨が止めるのも聞かず、オレは夢中で走り続ける。猛スピードで走るバイクと人の足では、ハナから勝負にならない。
わかり切ったことだとしても、オレは力のある限り走り続けた。
続けたかったのに……数えるのも忘れた十字路の傍から来た一台の自転車が、オレと衝突する。
「大丈夫かっ」
高梨の絶叫が天を突き抜けるように木霊する。体の側面から受けた衝撃のせいで、オレはアスファルト上に打ちつけられた。
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