次の課題が始まる前に
あの騒動から、修兵との距離がうまく取れなくて…… SIDE 楠見円花
わたしと修兵との始まり。十年前の『神隠し騒動』まで遡る。ニュースと近所で話題になった男の子が、母の勤務先の病院に入院した時期に、親戚のお見舞いについて行った時に。
そうしたら、急にアイスが食べたくなって、わたしは売店に足を運んだ。
何にしようかと、冷凍庫のフタを真上にスライドさせる。イチゴ、チョコレート、シュワっとサイダー味のかき氷と悩みがつきない。
他のよりちょっとお高めの、一番上にあるアイスを掴んだ途端に、もう一人の手が急に割り込んだ。
――ちょっと……。
――やるよ。オレ、こっちでいいし。
ぶっきらぼうな物言いで、男の子は他のアイスを手にレジへ走り去る。
なんだか申し訳なくて、結局のところ、普段から食べ慣れた。カップのバニラアイスで我慢したの。
きっかけは、本当にささいなこと。院内でバッタリ会った時、同じマンションの別々の階に住んでいるんだなと。
その日をきっかけに、わたしたちは今の関係に落ち着いた。
「位置に着け!」
顧問の張り上げる声に、部活の先輩たちが地面に膝をつける。その一方でわたしを含めた何人かは、ひたすらストレッチ体操を強いられた。
練習と呼べないような、小手先の運動の合間の小休止。はからずも視線が教室の窓におよぶ。
「ナニナニ? アイツが気になるの」
「まさか」
気の合う同級生からの冷やかしを交わしたものの、出来るなら『腐れ縁』にしたくないと願う。
言い表せないもどかしさを抱えたまま、わたしはハードル目がけて飛び出した。
ジュニアの頃から野球漬け、さらに勉強はイマイチ。そんな彼が高校受験でわたしを頼ってくれたの。恥ずかしいけど嬉しかった。
私立の強豪校で唯一、勉強の不得手な修兵でもなんとかなりそうな、地元では不人気の学園。ここにわたしも入学した理由は、少しでも長く修兵と過ごしたかったから。
「そう言えば楠見」
「はい」
「小池のスカウトはどうなった」
わたしの中学時代の陸上競技成績なんて、たかが知れている。
県外から来た子たちとの実力差を目の当たりにして、最近は成績も伸び悩んでいたから、こんな役回りしか得られないのかな。
顧問からの問いかけに、
「本人はまだ、野球に未練があるみたいですね」
咄嗟にウソがついて出る。
「仕方ないな」
わたしの答えに肩を落とすと、顧問はエース候補の元へ駆け出した。
ああ、実力が伴わないって、思ったよりみじめだな。
「おい。小池と委員長だよな」
「うわっ! 浮気かよ」
二人組の指す方向に、否応なく視線が動く。委員長の後に続く修兵の姿が目に飛び込んだ。
「楠見がいるのによ」
「なあ」
隣のテニス部員が、憐れむようにこっちに目を向ける。
『そんなのじゃないから』
きっぱり答える勇気がない。やるせさを押し殺して、校庭に置いたハードルを片づける。
「あれ、確か」
「何かあった」
「別に」
二人で拾い上げた紙に書かれた文字を思い起こす。でも、修兵の国語力って壊滅的だから、そんな訳ないよね。
夕暮れ空の下、遠ざかる二人の背中を見つめる。脳裏をよぎる光景を打ち消したくて、わたしは後片付けに専念した。
「部活……続けていいのかな」
誰もいない場所で、思わず弱音がこぼれる。校庭を囲む照明が光を増す中で校舎を後にする。外はすっかり暗くなっていた。
生ぬるい風が足元をすくう。校門傍の駐輪場の手前に来たところで、ウチの顧問と出会した。
「お……つかれさまです」
上ずる声で挨拶したけど。
「おつかれ」
期待されない分、軽めの挨拶しか返ってこない。上の大会に出場予定もないから仕方ないか。
「一人って……やっぱり辛いな」
下を見て重い体を引きずる。このまま真っ直ぐウチに帰るだけ。
しかし、足は旧校舎のある方へ動いていたみたいで、気がついたら車通りの少ない公道まで来ていた。
信号のない横断歩道を渡り切り、見上げれば古い木造建築が差し迫る。
『幽霊棟』なんて言われているけど、不気味とか怖そうって雰囲気は感じなかった。
外から見える窓はまだ明るい。
「委員長、まだ、残っているんだね」
吸い込まれるように、わたしは薄暗い構内へと踏み入った。
――ミシッ……。
年季の入った階段が音を立てる。二階の廊下沿いの窓から、住宅街の灯が見える。数歩先の旧図書室が『学園ジャーナル』の本部だったかしら。
緑の蛍光ランプの下に佇んでから数十秒経ったかな?
扉をノックするしないで、迷いを断ち切れず右往左往していたら。
「小池くんの連絡先? ちょっと……」
委員長の慌てた声にわたしは扉を勢いよく開け放った。
「修兵がどうしたって?」
スマホを手に唖然とした表情の彼女を見て、自分の浅はかな行動を恥じる。
「保護者さんの連絡先って知っているかしら?」
佐伯さんの問いかけに、
「待ってて」
バッグからスマホを取り、わたしは修兵ん家のアドレスを開いた。
「場所は『東郷病院』ね。ちょうど楠見さんがいらして下さって、そう、連絡入れてもらっているわ」
その病院って救急外来のあるけど、修兵ったら交通事故にでもあったのかな。
「あの……」
「詳しいことはわからないの」
震える手で画面をタップ。おばさんのアドレスにメッセージを入れたけど、仕事で忙しいのか、一向に既読はつかない。
「おばさん。読んでくれたかな」
「急ぎで向かうなら、既読はつかないと思うわ」
「そうよね」
おばさんの性格を思えば、佐伯さんの言い分は正しい。
「それより、早く帰りましょ」
ここに留まっていても仕方ない。散々な今日を忘れるために、スマホをバッグの中にしまった。
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