この、いとけなきもの
- ★★★ Excellent!!!
いとしい。
その感情があるから、人は見るものすべて、取り戻せない時の流れにも、胸を苦しくする。
火を噴く怖ろしい竜と、その寝床である噴火口の巣に勝手に根づいて咲いた、一輪のちいさな花の物語。
無垢なる花はかよわい花びらをひらひらさせながら、竜の教えるこの世のことを、「ふうん、ふうん」と聴いている。
とても面白いお話しです。
卵から孵ったばかりの赤子を抱くようにして、竜はいつしか、巣に咲いている小さな花をいとおしむようになる。
翼を広げて竜は飛ぶ。
根をはった場所から身動きが出来ぬ小さな花よ、外の世界に見えるあれもこれも、教えてやろう。
そんな日々はやがて終わる。
花の寿命の方がずっとずっと短いのだ。
竜様。
儚いいのちを恨むこともなく、死すら知らぬままに、花は力を失くして、くたりと萎れていく。
竜様。
竜は咆哮して飛ぶ。この世界の何処かに花の命を救う手立てを探して。
しかしそのようなものはない。
竜自身ですら、その法則から逃れる術がないように。
竜は、限られた自分の命が、この美しい世界のどこに、どのようなかたちでそそぎこまれていたのかを想い返しながら、その寂しさに満足して眼を瞑る。
いとしい。
いとしい。
いとしいと想える気持ちには、その感情や対象がやがては失われる怖さをすでに孕んでいる。
寂しく辛く、そしてやはり、いとおしい。
鐘古こよみさんの物語力はご存じであろうから、今さら何も云うことはない。
宝物にしたいような素敵なお話でした。ありがとうございました。