第6話 気付かせてくれた人
乾さんと真莉愛の家に行ってから一週間。
今日も真莉愛は学校に来ていない。
やはりあの程度の誘いで登校するほど甘くはないようだ。
この一週間、僕はずいぶんと空音さんたちと仲良くなり、充実した生活を送っていた。
しかしその間もずっと頭の片隅には真莉愛のことがあった。
なんとかしなくてはいけない。
乾さんが再びうちの教室にやって来たのは、僕がそんなことを考えているときだった。
「やっぱり強引にでも一度学校に連れてきた方がいいんじゃないでしょうか?」
乾さんは不安そうな顔で僕にそう言った。
「いや。強制すると逆効果だと思う。粘り強く交渉するしかないよ」
そんなことを話し合いながら二人で再び真莉愛の家に向かったが、出てきたのは真莉愛のお母さんだった。
僕たちも面識があったので、おばさんは懐かしがってくれた。
「ごめんね。あの子、出掛けてるの」
「私たち、どうしても真莉愛ちゃんに登校してもらいたいんです」
乾さんが力強く訴えると、おばさんは困った顔をして笑った。
「ありがとうね、凪子ちゃん。でも本人が行きたくないみたいで」
「おばさんはそれでいいんですか?」
言い方がちょっと無責任に感じて、僕はついきついことを言ってしまう。
「んー、まぁ出来れば行って欲しいけど。でも本人が嫌だって言うなら無理に行かせるのもなって。あの子の人生なんだし」
おばさんはあっけらかんと笑った。
一周目の僕なら子どもの意思を尊重する親だと思ったかもしれない。
けどそれなりに社会人を経験した二周目の僕には、なんだか責任のがれをした無責任な親に感じてしまった。
子どもの意思を尊重することは大切だ。
しかし親ならば時には叱ってでも導くことは必要である。
その後もおばさんはのらりくらりと僕たちの言葉をかわすだけで、緊張感もなく危機感も感じられなかった。
真莉愛の家を後にすると、乾さんはしょんぼりと肩を落としていた。
「とりあえず真莉愛を探そう。本人に話さないと意味がなさそうだ」
「どこにいるか分かるんですか?」
「まあ、なんとなく」
実は一周目のとき、真莉愛を街で何度か見掛けたことがあった。
その記憶を辿り、繁華街にある雑貨屋やドラッグストアなどを転々とし、安売りで知られる大型量販店で真莉愛を見つけた。
「ンだよ。またお前らかよ」
僕らを見るなり、真莉愛はうんざりした顔をする。
今日は仲間も一緒だった。
女は全員ネイルと化粧がバッチリで、普段は派手だと感じる真莉愛が地味に見えるほどだ。
男の方は数を競うようにピアスをしていて、中にはタトゥーを入れている人までいた。
「お願いします、真莉愛ちゃん。学校に来てください」
乾さんは真莉愛の瞳に訴える。
気丈に振る舞っているが脚が震えていた。
怖くても逃げないという強い意思を感じて、熱いものが込み上げた。
気弱な子だと思っていたが、意外と度胸がある。
「お友だちが迎えに来るとかウケる!」
ゆるゆる巻き髪ウェーブ女が手を叩いて笑う。
「迷惑だから来んなよ!」
真莉愛は八重歯を剥いて怒鳴った。
「迷惑かけてごめんなさい。でも私は真莉愛ちゃんと一緒に卒業したいんです」
何がおかしいのか仲間たちは乾さんの言葉で爆笑していた。
「人が真剣に話してるのに笑うなよ」
腹が立ったのでそう言うと、タトゥー男はノータイムで僕の腹を殴ってきた。
「きゃああっ!」
乾さんの悲鳴で周囲の人の視線が集まる。
「うぜぇんだよ。真莉愛が嫌がってんだろうが」
注目が集まったことで焦ったのだろう。
タトゥー男は「行くぞ」と言って立ち去る。
人通りの多いところで助かった。
仲間たちがタトゥー男に従って歩き出す。
真莉愛はチラッとこちらを見てからみんなと共に行ってしまった。
「佐伯くん、大丈夫ですか!?」
「まあこうなるだろうなって思ってたから、ほら」
シャツを捲って、お腹に仕込んでいた教科書を見せる。
本当はタウンページとかもっと分厚いものを入れていた方がより効果的だが、鞄にはこれしかなかったので、仕方ない。
「でも教科書入れてても痛かったですよね?」
「いや。そうでもないよ。あのタトゥーの人、見た目ほどパンチが強くなかったし」
別に強がっているのではなく、本心だった。
あれならファミレス店長時代に経験した酔っぱらい客のパンチの方が強かったくらいである。
あのタトゥー男は少し手加減して殴ったようにも思えた。
「ごめんなさい。私が佐伯くんをこんなことに巻き込んだせいで……」
「巻き込んでなんてない。乾さんは気付かせてくれたんだ」
「気付かせてくれた?」
「そう。幼馴染みが大変なことになる前に助けなきゃいけないって気付かせてくれた」
一周目を忠実に再現しなければと頑なだった僕に、乾さんは大切なことを気付かせてくれた。
「そんなことを言ってくださるなんて……ありがとうございます」
乾さんはポロポロと涙をこぼしはじめる。
「泣かないでよ、乾さん。大丈夫。二人で頑張って真莉愛を高校に戻そう」
「はい。頑張ります」
真莉愛は去り際、少し心配そうにこちらを見ていた。
あのリアクションを見て、微かだけど望みはあるという気がした。
なんとしてでも真莉愛を更正させてやる。
そんな気概で体に力が漲っていた。
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皆さんは道を踏み外しそうな友達を止められなくて悔やんだこと、ありますでしょうか?
実は私にもあります。
高校三年で自主退学するというクラスメイトがいたんですが、軽く止めただけでした。
結局彼は退学し、その後どうなったのかは分かりません。
道など外しておらず、大成功しているのかもしれません。
けれどあの時退学を止められなかったことは今でもたまに悔やんでしまいます。
二周目なら、もっと上手に、そして粘り強く説得できるんでしょうね。
そんな私の思いも佐伯くんに託しちゃってます。
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