第10話 決死の作戦

 真莉愛は相変わらず学校に来ていない。

 僕と乾さんは放課後に集まっていた。


「これ以上時間が経てば真莉愛はよけい学校に来られなくなる。無理矢理にでも連れ戻そう」

「来てくれるでしょうか?」

「僕たちが本気だと分かれば、きっと真莉愛にも伝わるよ」


 不安げな乾さんに、僕は覚悟を決めてそう伝える。

 これまでの僕はまだ本気さが足りなかった。

 今日は何がなんでも話を付けるつもりだった。


 電車に乗り繁華街へと移動する。


「どこに行くんですか?」

「真莉愛たちがたむろしている場所を調べておいた。きっとそこにいる」


 到着したのは繁華街を少し過ぎたところにある公園だ。

 僕の予想通り、真莉愛は例のタトゥー男たちと一緒にそこにいた。

 真莉愛の姿を見た乾さんは感情が高ぶったらしく、真莉愛のもとへ駆け寄る。


「真莉愛ちゃん。学校に来てください」


 乾さんの声に連中が振り返る。


「凪子っ……佐伯まで。なにしに来たんだよ」

「だからお前を迎えに来たんだって」

「お願い、真莉愛ちゃん」


 タトゥー男がつばを吐きながら僕を睨み付けて立ち上がる。


「しつけぇぞ、てめぇ」


 身長は百八十センチくらいだろうか。

 眉を細く剃った顔で睨まれるとなかなか迫力がある。

 風格や周りの態度から判断して、こいつがリーダーのようだ。


「真莉愛ちゃんと話をしに来たんです。あなたではありません」

「は?」


 乾さんは脚を震わせながらタトゥー男を睨んでいた。

 そんな度胸があるとは思わなかったので驚いた。


 しかしこいつらは何をしでかすかわからない。

 ヘイトを集めるのは僕の仕事だ。


「真莉愛に付きまとうな」

「はあ? ぶっ殺すぞ、てめぇ」


 タトゥー男はニヤニヤ笑いながら目付きで凄む。

 完全に僕を舐めているのだろう。

 こいつが一周目で真莉愛を妊娠させたやつなのだろうか?


「じゃあ僕と一対一で喧嘩しろ。僕が負けたら二度と真莉愛の前に現れない。けど僕が勝ったら二度と真莉愛に近づくな」


 僕も精一杯凄んだが、まるで効果がなかった。

 乾さんと真莉愛以外の全員が爆笑していた。


「ケンジとタイマンとか正気か? 死ぬぞ、お前」


 鼻ピアスが僕に石を蹴飛ばしながらそう言ってきた。


「お前には言ってない。タトゥー野郎に言ってるんだ。どうする? 逃げるか?」

「調子乗んな!」


 ケンジと呼ばれたタトゥー野郎の返事は、言葉ではなく顔面へのパンチだった。

 目の前に火花が飛び、体を吹っ飛ばされた。


「きゃあっ!」

「大丈夫だ、乾さん。必ず勝つから」


 立ち上がろうとするとケンジの蹴りが腹部に飛んできた。

 咄嗟にガードしたが、蹴られた腕が痺れてしまった。

 こりゃ思ったより強いのかも。


「立て、オラァ!」


 頭を踏みつけようとしてきたので、咄嗟に転がってかわす。

 実は僕は謎の古武術の使い手だ、などという都合のいい設定はない。

 殴り合いの喧嘩すらしたことがない、正真正銘の素人である。

 勝てるはずもなく、一方的に殴られていった。


「もうやめて! やめてください!」


 乾さんが泣きながら叫んでいた。

 真莉愛は冷めた目でこちらを見ている。


「警察呼びます」

「やめろっ、乾さん! これは僕とケンジの一対一の勝負だ。手出ししないで」

「でも」

「おいおい。偉そうなことは立ってから言えよな!」


 ケンジは笑いながら再び踏みつけようとしてきた。

 確実に僕をバカにした舐めプ行為だ。

 僕はこれを待っていた。


「うりゃぁああぁあー!」


 すかさずケンジの足首を掴み、捻りながら引っ張る。


「うわっ!?」


 まさか反撃されると思ってなかったようで、ケンジはバランスを崩して倒れた。

 間髪いれずに足首をちぎる勢いで捻る。


「痛てててっ! てめぇやめろっ!」


 もう片方の足でガンガン蹴っ飛ばされ、せっかく掴んだ足を離してしまう。

 しかしここで怯まず、タトゥー男にのし掛かり、首を絞める。

 本気で絞めると殺してしまうので、適度に緩め、時おり顔面への頭突きを織り混ぜる。

 さすがのタトゥー男も首絞めは防ぎようもないらしく、ゲホゲホ噎せていた。


「てめぇ汚ねぇぞ!」


 仲間が助太刀に入ろうとすると、真莉愛がそれを止める。


「二人の真剣勝負だから手ぇ出すなよ!」

「ふざけんな、真莉愛! どっちの味方だよ!」


 真莉愛が稼いでくれた時間で、僕は更に頭突きを打ち込む。

 タトゥー男の鼻から血が噴き出していた。

 もう僕の血なのか、こいつの血なのか分からなかった。


「どっちかが死ぬまでやるぞ! どうする? 死ぬか、殺人犯か、どっちを選ぶんだ!」

「分かったっ! 分かったから! お前の勝ちだっ!」


 ケンジが負けを認めたので首から手を離す。

 離した瞬間に攻撃してくるかと警戒したが、そんな卑劣なやつではなかった。


「佐伯くんっ!」


 すぐに乾さんが駆けつけてくる。

 相当怖かったのだろう。

 ボロボロと涙をこぼしていた。


 向こうも仲間が駆けつけてケンジに手を貸して立たせる。


「てめぇ……ぶっ殺してやるっ!」


 鼻ピアスが僕を睨んで吠えた。


「やめろ。そいつの勝ちだ。俺の負け。完敗だ」


 ケンジが止めると仲間たちは悔しそうに歯を食い縛った。

 去り際にケンジが振り返って僕を見る。


「佐伯って言ったっけ? お前、めちゃくちゃイカれてるな。そんで最高にカッコいいよ」

「そ、そうかな? ありがと……」

「じゃあな、真莉愛」


 仲間たちに支えられてケンジが去っていく。

 真莉愛はついて行かず、一人でうつ向いていた。


 死に物狂いで戦った相手だからか、それとも約束通りに真莉愛から手を引いてくれたからなのか、僕もタトゥー男ケンジに悪い感情はなくなっていた。


「真莉愛、僕たちも帰ろう」

「バカじゃねぇの、佐伯」


 真莉愛がムッとした顔でやって来る。


「ありがとな、真莉愛。お前が止めてくれなかったら、仲間が加勢して本当に殺されていたかも」

「そうですね。真莉愛ちゃんが止めてくれたから助かりました」


 僕らがお礼を言うと、真莉愛は眉間にシワを寄せ、ますます険しい表情になった。


「あんたらの正義の味方ごっこのせいで友だちがいなくなったし。どうしてくれるんの?」

「ごめん。でも友だちならここに二人いるだろ」


 僕が自分と乾さんを指差す。


「うざ。なにそれ」


 真莉愛は顔を赤らめながら目を逸らす。

 照れると顔に出るのは、昔から変わらない。


 ────────────────────



 捨て身の作戦でタトゥー男に勝った佐伯くん。

 ここで勝たないと幼馴染みの人生が転落するとわかっているからこそ、死ぬ気で戦えました。


 正直人生ってどこを頑張ればいいのか、どこは手を抜いていいのか、どこをしくじれば取り返しがつかないのか、それがわかりませんよね。


 二周目だとそれが少しは見えているから有利ですね!




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