第7話 反抗期の妹

 週末の土曜日。

 仲のよい両親は二人で映画デートに行ってしまった。

 したがって家には僕とまだ子猫のピモ、そして妹の莉乃しかいない。

 大人になってからは丸くなった莉乃だが、中二の現在は絶賛反抗期真っ盛りである。


 一周目の頃は反抗期の莉乃が鬱陶しかったが、いまは可愛く見えるから不思議だ。


「おーい、莉乃。お昼何がいい?」

「べつに」


 喋るエネルギーを最大限まで減らした返事だ。

 でもいまの俺には「(お兄ちゃんが作ってくれるものなら)べつに(なんだっていいよ♥️)」という風にさえ聞こえる。


 ちなみに大人になった莉乃はお父さんが倒れてからは献身的に看病し、落ち込むお母さんの心のケアもした優しい子だ。

 反抗期のいまだけ、ちょっとやさぐれている。


「よし。じゃあカルボナーラ風辛麺にするか」

「なにそれ? 普通でいい」

「まあいいからお兄ちゃんに任せておけ」


 この頃はまだインスタントのアレンジ料理は流行っていないので、莉乃は怪訝そうな顔をしていた。


 フライパンでベーコンをこんがりするまで焼き、その間に麺を茹でておく。

 ベーコンが焼けたらそこに牛乳を注ぎ、辛麺スープを入れる。

 沸々してきたら麺、とろけるチーズを入れてささっと和える。

 火を止めてから生卵の黄身をいれ、だまにならないように混ぜれば完成だ。


「はい、どうぞ」


 トロリとした麺に刺激的な香り。

 莉乃は怪訝そうな顔をしていたが、一口食べると未知なる美味しさに目を丸くした。


「美味しいか?」

「……まあまあ」


 勢いよく食べているくせに素直じゃないやつだ。

 でもそんな態度がかわいい。


「なにジロジロ見てんの? キモ」


 莉乃はプイッとそっぽを向きながら食べる。

 一周目の僕なら「作ってもらってなんだその態度は」とか小言を言っただろう。

 しかし今は許せるから不思議だ。

 まあ一周目の僕は、料理なんてまるでしなかったのだけど。


 ファミレスはホールだったから、調理場には人手が足りないときのヘルプくらいしかしてない。

 それでもある程度料理は出来るようになっていた。


 午後からは莉乃の友だちが遊びに来た。

 海咲みさきちゃんという幼馴染みだ。

 せっかくなのでホットケーキミックスを使ってマフィンを作る。


「莉乃ー。お茶とお菓子持ってきたぞー」


 自室のドアを開くとムスッとした妹が顔を出す。


「部屋に入ってこないで」

「ほら、マフィン作ったぞ」

「うわぁ。これ、お兄さんが作ったんですか?」


 海咲ちゃんが驚きながらやって来る。

 ぱっちりした目と大きな口が目を惹く美少女だ。


「そう。ホットケーキミックス使ったら簡単だよ」

「すごーい! 莉乃ちゃんのお兄さん器用だね」

「キモい」


 莉乃はお茶とお菓子だけ受け取ると、僕を押して部屋から追い出してドアを閉じる。

 ドアの向こうでははしゃぐ海咲ちゃんの声が聞こえていた。

 どうやらピモも一緒らしくニャーニャー鳴く声も聞こえる。


 今は仲良しの妹と海咲ちゃんだが、実は中学三年生のときに喧嘩をする。

 進路について意見がぶつかったという些細なことなのだが、それから二人は口も聞かずに卒業してしまった。


 卒業後は学校が違うのでなかなか仲直りするチャンスもなく、再び会話するようになったのは高校を卒業してからだった。


 両親は夕方遅くまで帰ってこないので洗濯物を取り込んでいると、莉乃がやって来た。


「ちょっ、ちょっとなにやってんのよ!」

「なにって、洗濯物を取り込んでいるんだよ。夕方からにわか雨が降るらしい」

「私の下着に触んないで!」

「ははは。触らなきゃ取り込めないだろ」

「マジキモい! あっち行って!」


 兄に下着とか見られたくない年頃なのだろう。

 洗濯の取り込み片付けは莉乃と海咲ちゃんに任せて、僕は夕食作りに取りかかる。

 冷蔵庫にあるものを見て、唐揚げにすることとした。

 鶏肉はきちんと筋を取ってからにんにく、ショウガ、醤油などで味付けをしていく。


「わ、お兄さんって夕食まで作れるんですか?」


 声をかけられ振り返ると、洗濯物を畳終えた海咲ちゃんがかごをもって立っていた。


「休みの日に夕飯を作るくらいだよ」

「嘘つき。今までそんなことしたことなかったくせに」


 莉乃がじとっとした目で俺を睨む。


「最近興味が出てきてさ」

「さっきのマフィンもすごく美味しかったです! 今度教えてください」


 海咲ちゃんは目を輝かせてそう言っていた。


「いいよ。って言っても本当に簡単なんだけど」

「ありがとうございます」


 海咲ちゃんが大袈裟に喜ぶ隣で莉乃は顔をしかめている。

 本当に難しいお年頃だ。


 両親が帰ってくると、僕が夕飯を作っていたことにずいぶんと驚かれた。


「時哉が夕飯を作ってくれるなんて」

「頼れるお兄ちゃんって感じね」


 両親は目を細めて喜ぶ。


「しかもすごく美味しいわね」

「味がしっかりしてるし、なにより揚げ具合が完璧だ。衣はカリッとしてるのに中はみずみずしくて柔らかい。まるでプロだな」

「大袈裟だって」


 あまりに褒められるのでくすぐったい。

 妹は黙って食べている。

 しかし次々と箸を伸ばすところを見ると気に入ってくれたのだろう。

 無愛想な猫が尻尾を世話しなく動かしているかのようでかわいい。


 一周目の僕は料理どころか掃除すらろくにしなかった。

 でも家の中くらい一周目と違っても未来には影響ないだろう。


 ふと目の前のお父さんを見る。

 今は元気そのものに見えるが、約十年後に癌に冒されて命を落とす。

 早期発見をすれば死なずにすんだんじゃないだろうか?


「ねぇ、お父さん」

「どうした、時哉?」

「ガンの検診受けてる?」

「急にどうしたんだ?」

「ちょっと気になって」

「会社の定期検診を受けてるから大丈夫だよ」


 お父さんは笑いながら答える。

 そこに緊迫感はなかった。


「そうなんだ。でも念のため大きな病院できちんと受けた方が──」

「ああ、この前のドラマの影響ね。テレビでやってたのよ。働き盛りのサラリーマンがガンになるって話」


 お母さんが笑いながら見当違いなことを言って頷く。

 更に強く検診を勧めようとして、思いとどまる。


 未来が変わるということを恐れたのもある。

 でもそれ以上に恐れたのは、

 大騒ぎして病院に行ってもらって、その結果見つからなければ、もう一度検査をしてもらいづらくなる。

 二度目は『時哉は心配性だな』とか言われ、真面目に取り合ってもらえないだろう。


 お父さんの身体をガンが蝕みはじめるのはいつからなのか?

 それははっきり分かっていない。

 見つかったときは取り返しがつかない状況だった。


 焦りと悔しさを隠し、僕も作り笑いを浮かべる。

 なぜか妹はそんな僕の顔をチラチラと横目で見ていた。



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 未来を知っているからこそ感じられる幸せや葛藤というものもあるのでしょうね。

 いまを大切に生きるということを心掛けたいです。


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