第3話 なぜかヒーローになっているんだが……
空音さんの誕生日パーティーにも参加して欲しいと言われたが、さすがに一家団欒の邪魔をするわけにはいかず固持する。
雨はまだ降っていたので、帰りはおじさんの車で送ってもらった。
「空音を助けてくれて、本当にありがとう」
「いえ。本当にたまたまでして」
おじさんは嬉しそうに微笑んでいた。
一周目の時はお葬式で見ただけだったが、印象がまるで違う。
あのときは憔悴しきっていて、目は真っ赤に泣き腫らしていた。
僕は空音さんを救っただけでなく、ご両親も救えたのだと実感した。
家に戻ると僕の両親が待っていた。
遅くなったことを謝りながら、お父さんの顔をまじまじと見詰める。
お父さんは僕が二十五歳の時に病気で亡くなっていた。
でもこのときは、当たり前だけどまだ生きている。
久しぶりに見るお父さんに、思わず目頭が熱くなった。
「お父さんっ……」
「ん? 時哉、どうした?」
涙ぐむ僕を見てお父さんが不思議そうに首をかしげる。
「なんでもないよ」
僕は慌てて笑ってごまかした。
僕は未来からやって来て、その頃にはお父さんは既にこの世を去っているなんて言っても混乱させるだけだ。
そもそもタイムリープの当事者である僕だってまだ混乱しているのに。
子猫のピモだけはなにか異変を感じているのか、近付いてこずに遠くから僕を見ていた。
夕食後、部屋に戻って気持ちを落ち着け、今日の出来事を思い返す。
取り敢えず分かっているのはなぜか僕が高校二年の五月二十五日にタイムスリップしてしまったということだ。
細かいことまで覚えてはいないが、恐らく一周目となんにも変わっていない世界だ。
とにかく同じように過ごして同じ人生を歩まなくては──
「あっ!?」
そこまで考えて、バカな僕はようやく気がついた。
空音さんを助けたことで一周目と違う状況になったということに。
一周目と全く同じように過ごすのであれば、僕は今ごろプレゼントを渡せずに家で悶々としてなければいけない。
「いや、でもこれはいいよな」
確かに一周目とは違う展開だけれど、空音さんの命を救ったのだから、これは変えてもいい未来だ。
このあとは記憶にある限り一周目と同じことをし、静かに暮らしていけばいい。
そんなことを心の中で誓っていた。
────
──
翌朝、学校に行くと当然ながら空音さんは元気に登校していた。
五月二十六日、空音さんは確かに生きている。
「あ、佐伯くんが来た」
「おー! 英雄の登場だ!」
「みんな拍手!」
僕が教室に入るなり、みんなが騒ぎだして拍手をする。
「え? なに?」
「昨日空音を助けてくれたんでしょ? すごいね、佐伯くん。ありがとう!」
彼女は空音さんの一番の親友だ。
一周目で空音さんが亡くなったあと、すごいショックを受けてしばらく学校に来なかった。
ようやく登校するようになっても、人が変わったように陰鬱になり、笑うこともなくなった。
同じようにショックを受けていた僕は、彼女と少し会話するようになった。
はじめは僕にも心を閉ざしていた小峰さんだったが、僕が空音さんのことを好きだったと伝えると態度が変わった。
二人でお墓参りをしたり、空音さんが好きだった場所を巡ったりもした。
「でもなんであんな雨の中、あんなところにいたの?」
小峰さんの質問で一周目の回想が途切れる。
「そ、それは──」
「塾の帰り、たまたま通りがかったらしいよ。ね、佐伯くん」
「う、うん」
空音さんが僕の代わりに答え、ニコッと笑った。
プレゼントを渡しに行ったということを内緒にしてくれたのだろう。
余計なことは喋らないという優しさや気遣いのある人だ。
「佐伯って予知能力あるんじゃね? あたしの未来も占ってよ」
派手めな女の子が絡んでくる。
名前は確か……リナだ。
名字までは思い出せない。
「そんな力ないから」
「ノリ悪いなー。適当でいいから」
確か彼女は夏休み後に付き合っていた彼氏に浮気され、大喧嘩していたはずだ。
「えっと……将来お金持ちになりそう」
適当に答えるとみんなが笑った。
「ウケる! 金持ちになったらおごってね!」
友だちがノリノリで絡んでいた。
ちなみにそのノリノリの友だちが浮気相手だ。
今はまだ仲良しのようだが、浮気発覚後は一言も会話をせずに卒業する。
『彼氏の浮気に気を付けたいいよ』とアドバイスするのは容易い。
しかし僕はもうこれ以上一周目の記憶を使ってこの世界を変えようとは思わない。
彼女には申し訳ないが、そのままにしておこう。
その後も未来予想してとか、空音さんを救ったヒーローとか言われ、一日中みんなから声をかけられた。
これは少々想定外の不味い展開だ。
僕は高校三年間、ひっそりと目立たず暮らしていたからだ。
こんな風にみんなに注目されたり、話し掛けられることはまれだった。
まあ、明日にはフィーバーも終わっているだろう。
これからは一周目の生活を乱さないように行動を気を付けよう。
放課後。
帰ろうとすると、うちの教室をコソッと覗き込んでいる人に気付いた。
よく見るとそれは
小中学校が同じの幼馴染みで、同じ高校に通っている。
とはいえ彼女は特別進学クラスに所属しているので教室はずいぶんと離れていた。
学校で顔を会わすこともまれである。
「どうしたの、乾さん」
「あ、佐伯くん。このクラスだったんですね」
そう言うところを見ると、僕に用事があったわけではないようだ。
それにしても乾さんは相変わらず友だちに対しても敬語だ。
そんなところにも彼女の育ちのよさが出ている。
「誰かに用事?」
「用事といいますか……
「あー……真莉愛ね」
真莉愛とは僕らの幼馴染みだ。
お母さんが離婚して再婚したので名字がコロコロ変わったので、みんな名字ではなく名前で真莉愛と呼んでいる。
「今日は来てないみたいだけど」
「そう、なんですね……」
乾さんは表情を曇らせてうつ向く。
僕らが会話をしているのを空音さんが遠巻きに見ていたが、友だちに呼ばれて教室を出ていった。
────────────────────
さっそく一周目とはずれはじめてきた佐伯くんの高校生活。
更には一周目で希薄な関係だった幼馴染みの登場!
果たして次はどんな展開が待ち受けているのでしょうか?
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