斜陽の向日葵と影の朝顔

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斜陽の向日葵

「――次のニュースです。A学校の学内近くで高校生の遺体が発見されました。死体の損傷が酷く死因が特定できていない状況。警察は司法解剖を行い死因を確かめると共に犯人確保のために動いていくようです。それでは、次のニュースに映ります」


 ぼくは黒色の両目で電光掲示板に表示されている情報を眺めた後、青信号を渡り始める。人々が通る交差点は相変わらず人混みに溢れている。彼らが一体何を考えているのか、理解することは出来ない。


 人間がどんな感情を抱いているか他人が理解出来る訳が無い。

 人は人。決して人自身を理解出来る訳が無い。故にぼく達はくだらない会話の齟齬や喧嘩を通しながら人間性を育んでいく。人間性を育む最高の環境は学校だ。


 希望、恋愛、青春、成長、成功、挫折、失敗、裏切り、絶望。


 様々な経験をぼく達は学校ですることが出来る。

 学校という場所はそんな経験を通して人間として成長していく場所だ。


「やっほーおはようさん!」

「おっはー! お前ゲーム面白かった!?」

「おはよう! 今日はカフェに行こ――!」


 校門前に近づくと笑顔をうかべる生徒達の明るい声が聞こえてくる。彼ら一人一人の表情には希望が溢れている。彼らはクラスターを作り出すことに成功した人々だ。クラスターを生み出した人々は人生で上手く行きやすい。困っても周りと相談しあうことで解決出来るからだ。集団を形成することは即ち、生きると同義である。


 それに対し、クラスター作成に失敗した人々の表情は暗い。目元が虚ろで首が下を向いている。人生が上手く行っていないのだろう。だが、学生生活なんてたった一瞬の時間に過ぎない。それを理解していれば彼らの人生は好転するだろう。


 ぼくはそんなことを思いながら学校の中に入る。

 古びた青い下駄箱に入っている白色の上履きを取り出し履いた後、学校内へ入った。窓を眺めながら一人教室で時間を過ごしていると深刻そうな表情を浮かべる担任が扉を開けて入ってきた。ストレス性によるものか髪の毛が歩く度に抜け落ちている。教職員は大変なのだなと思いながらぼくが眺めていると担任が言葉を言った。


「先日、うちの近場にある中学校で暴行事件があった。証言によるとうちの学校の生徒がやったと聞いているが、心当たりがある者はいないか?」

「は――い! いっませ――ん!」


 途端に笑いが起きた。深刻な時にふざけるというのは子供ではよくある事だ。勿論、ぼくも子供である。ため息をつきながら窓の外を眺める。


 空には雲があり人々は各々の速度で町を歩いている。八百屋ではお爺さんとお婆さんがやり取りをしており、紫陽花の周りには鳩が寄っている。

 平凡な、あまりにも平凡な日常の一ページだ。


「えぇ……いないようなので、ホームルームを終わります……」


 ぼくは額に汗を浮かべながら口角を下げた担任の曲がった背中を眺めつつ窓の方に目をやる。くだらないやり取りより窓を眺めていた方が面白い。窓を眺めているとチャイムの音が鳴る。授業が始まる合図だ。ぼくは平凡に授業ノートを作り、当てられた時に教科書を参照して答えながら四時間目までの授業を終えた。


 今日は五時間目まで授業がある。どうやって昼休みの時間を潰そうか。ぼくがそんなことを考えているとはげが進行している担任が入ってきた。担任は下を向きながら言葉を言う。


「え――今日は五時間目から生徒総会です。皆さん、ちゃんと出席しましょう」


 はっきり言って面倒臭いと思った。帰りたい。そう思った。

 しかし帰れば面倒臭い奴らに目を付けられる。それも面倒臭い。


 結局の所、平凡を装っているのが一番楽だ。ぼくは耳と目元まで伸びている黒髪を左手でつまみながら右手で首の後ろを掴んだ。気持ちが落ち着くのが分かった。


 面倒臭いことをこなせる奴が一番強い。


 そんな言葉をふと思い出した。

 ネットで聞いたのか、偉人が言ったのかは分からない。

 けれども、言葉が真理であるなとぼくは感じていた。


 教室の席に座りながら作ったお弁当を口に運んでいく。甘味や酸味を感じながら短い時間で食べ終える。弁当箱をしまった後、また窓から外の光景を見る。


 そんな時だ。ぼくはとある人物に目が映った。


 ぼくと同じ学校の制服を着た女性が紫陽花の前に群がっている鳩に餌を与えていたのだ。学校鞄を土の上に置いているその女性は餌を一粒一粒食べやすい大きさに切って投げている。


 青春という真っただ中にいる筈なのに一人で鳩の餌をやっている光景が僕には新鮮だった。人と群れずに餌を与えている人なんて見た事が無かったからだ。


 気が付いた時にはぼくは鞄を持たずにその場所に立っていた。

 上履きは親が見たら激怒するような状態になっていた。

 それがどうでも良い位にぼくは彼女が気になっていた。


「珍しいね、私に近づくなんて」

「珍しいのはそっちでしょ。休み時間に鳩へ餌を与えるなんて聞いた事が無いよ」

「餌……うん、確かに餌だね」


 端正な顔立ちの女性は後ろ髪を右手で軽く撫でる。途端に放射状に髪が浮かび上がった。ブラックダイヤモンドのような髪達が光に照らされて輝いている。鳩達は女性に目一つもくれずに餌を頬張り続けている。


「君って花は好きかい?」

「なんだよ、突然」

「良いから。答えてよ」


 顔を上げながら女性が言う。黒群青の瞳がぼくの瞳を貫いていく。初めて会ったはずなのに全てを見透かされている。ぼくはそんな感覚に何故か陥った。


「向日葵」

「へ――向日葵か。良いね、君みたいだ。因みに私は紫陽花だよ」

「紫陽花か。それは何で?」

「紫陽花って綺麗だからさ。観賞用としても使えるしね」


 女性は薄目になりながら言葉を続ける。


「成長しきった向日葵ってさ。必ず東を向くんだよね。虫が沢山寄ってくるようになるから、受粉が多くなるらしいよ」

「そ、そうなんだ」


 ぼくは何を言っているんだろうと思いながら女性を眺めた。

 強い風が吹いた後、鳩達が羽音を鳴らし空高く飛び立っていく。

 ぼくと彼女だけがその場所に残った。


「集団ってさ。何で構成するか分かる?」

「生きるため」

「正解。集団でいた方が生きるのに最適だからね。ではもう一つ、集団から零れ落ち這い上がることが出来ない生物がいたとする。そいつはどうなると思う?」

「死ぬ」

「……三角だね。でも半分正解さ」


 ぼくの答えに対し女性は口角を上げながら紫陽花の中をあさる。その中から表したものを見た瞬間、ぼくは目を見開きながら尻もちをついた。


「ハハッ、分かったみたいだね。そう、これは人間の肋骨の骨。ニュースで報道されている事件の被害者の骨さ」


 何を言っているか分からない。肋骨の骨がなぜそこにあるのかと言う事もあるが、それ以上に何故持ってくる必要があったのか。理由が理解出来ない。


「理解出来ないって顔してるね。当然だよ。犯罪者の気持ちを常人に理解が出来る訳が無いじゃないか。所詮、犯罪心理学者がニュースで言った事やネットや新聞で書かれている第三者情報でしか人間のことなんてわからないんだから」


 その女性は肋骨を持ちながらぼくのほうに近づいてくる。


「私の答えを教えてあげるよ。集団から零れ落ちた生物が取る選択肢は二つ。死ぬか、犯罪者になるかだ。ニュースに上がるのは当然後者だね。犯罪者を捕まえれば社会が良くなるという大義名分があるから」

「……狂ってる、狂ってるよ、お前」

「そうね。私は狂っているかもしれない。けどね衝動が止められないのよ。私が必死に抑えようとしても衝動が沸いてきちゃうの。それに、そろそろだと思うわ」

「……そろそろ?」


 ぼくが女性に聞き返すと同時に悲鳴が起きる。何事かと思い紫陽花畑から顔をのぞかせると、一匹の鳩が車に潰されている姿が目に映った。


「さっきの餌にね、一つだけ毒の餌を入れたの。私が勉強して作った毒の餌。それが効いて鳩が落下したのね」

「なんで、何でそんなこと……!!」

「決まっているわ。知的好奇心よ」


 女性は顔色変えずに返答を返す。細く輝く瞳が僕の全身を見つめてくる。全てのぼくを見透かしてきている様な感覚がとても不気味で、気持ち悪かった。


 ぼくが恐怖でへたへたと座り込む中、骨を鞄の中にしまった女性が笑みを浮かべながら僕に対して一言呟いた。


「貴方は向日葵がお似合いよ」


 そう言って、女性は去っていった。

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