433 アンガスの場合②

 通信はすぐに繋がった。誰もいない空間にアリシャを除いた王族達の立体映像が現れる。


 前王程ではないが、兄妹と顔を合わせるのも久しぶりだ。


 報復を行う前に崩御の時が来て苛立ちを隠せないノーラに、相変わらず何を考えているかわからない笑みを浮かべるトニー。

 ケンビに兵器を破壊され、しかし想像していたよりも平静なモリスに、何が起こったのか、前回、顔を見た時と比べて危うげな雰囲気が軽減しているザカリー。


「久しいな、皆の者。いよいよ時が来た。貴様らもわかっているとは思うが――これより三日後、王塔の封印が解かれ次のコード王が決まる。この時のために、我々は準備してきたのだ」


『まったく、感慨深いな。我が兄。まさか、ぎりぎりになって貴様が暗黙の了解を破るとは思っていなかったが……さすが次期コード王を目指すために全てをかけた男だ』


 痛いところをつかれ、アンガスは一瞬表情を歪める。


 結果的に報復は行われなかった。有利にはなったが、それでよしというわけではない。


 これはモリスにケンビを送りつけ、完成のタイミングでその研究を破壊させたのとはわけが違う。前者はモリスの無能が悪いが、後者は暗黙の了解を破ったアンガスに非がある。


「あれは近衛が勝手にやった事だが――言い訳はすまい。その詫びに、今王位を諦め私に協力するのならば、我が治世でも生きる事を許そう、ノーラ」


『…………何?』


 ノーラの気性は生かしておくには余りにも危険だが、こちらに非があるのならば仕方がない。

 一応、メリットも存在する。ノーラの戦力との戦いが避けられれば、将来の戦力を傷つける事もないのだ。


「これが最後の通告だ。他の者達も――投降するといい。我が陣営の戦力は圧倒的だ。今投降すればお前達に協力した者達も悪いようにはしないと約束しよう。前回の王位争奪戦で起こった混乱を考えれば悪い話ではないはずだ。コード内部で戦力を損耗させる事もあるまい」


 こんな事を通告しても諦める性格ではないのはわかっている。この中でアンガスの味方をする可能性があるのはトニーだけだ。

 モリスが降る可能性もあったが、この表情では無理だろう。



 一瞬、沈黙があたりに満ちる。最初に口を開いたのは、ザカリーだった。




『んな話に乗るわけねーだろーが! 既に勝ったつもりか? ん? てめえが勝ったら、アリシャはどうなる!』


 愚かな……力の差もわからない狂犬め――ん? アリ……シャ…………?


 全く予想していなかった名前に目を見開くアンガスに、ザカリーが叫ぶ。


『俺はアリシャにつくぜ、アンガス。てめえに妹は殺させねえ!』


 何を言っているのだ、この男は?


 アリシャ・コードはただのスペアだ。ロックが外されてもその原則は変わらない。一応王族である以上、システム的に王になる権利は有しているだろうが――そもそも、どうして全ての王族貴族を恨んでいたこの男がスペアの味方をする?


 下級民と遊んでいたザカリーがついたところでアリシャに勝ち目はないのだが――戸惑うアンガスの前で、同じくザカリーの発言に目を見開いていたモリスが口を開く。


『…………僕もアリシャにつくよ。ザカリーに味方するわけじゃないけど、このままアリシャが死ぬのは忍びない。これは、自分で決めた事だ』


 ケンビからアリシャの味方をすると発言していたと報告があったが、本当だったのか。


 笑わせてくれる。アリシャはリソースのない王女だ。ザカリーは準備が足りていないし、モリスも研究成果を破壊されて戦力という意味では脅威に値しない。


 三人合わせても大した力ではない。


 その言葉を、目を丸くして聞いていたトニーが、奇妙なものでも見たかのように笑う。


『くく……まさか、二人もアリシャにつく者がいるなんて、ついこの間まで誰もその名を思い出す事すらなかったってのに、不思議な話もあるもんだな、兄貴?』


 一体、いつそんな流れになったのか。監視させている限りではそのような報告はなかったはずだ。


 想定外の事態に言葉が出ないアンガスに、トニーが言った。




『俺はアリシャにはつかねえぜ。俺がつくのは――クライ・アンドリヒだ』


「な、何を言っている!? トニー!」


 トニーのバックには大勢の貴族達がついている。その貴族達を危険にさらすような真似をするわけがない。

 そう思い込んでいたアンガスにとってその言葉は青天の霹靂だった。トニーが唇を舐めて言う。


『あの男は面白え。もう既にほぼ決着がついていた戦いをかき回した。悪いな、兄貴』


「くっ…………馬鹿な奴め。後で、後悔しても遅いぞ」


 あの4点の男につく、だと!? それはつまり、その男が仕えるアリシャにつくのと同じだ。


 それは、とてもここまでそつなく動いていた弟の選択とは思えなかった。

 まさか外部から紛れ込んできた最弱の男がここで出てくるとは――だが、まだだ。まだ、ノーラが残っている。


 ノーラとアンガスの陣営は他とは隔絶した戦力を持っている。戦の準備にかけた時間が違うのだ。


 仮にアンガスとノーラ、その他の三つ巴の戦いになったとしても、トニー達が勝つことはありえない。


 しかしあの男、ただの無能かと思えば、コードにとってとんでもない毒だな。王になったら真っ先に処刑してやる。



 そう決意を新たにしていると、しばらく沈黙していたノーラが深々とため息をついて言った。




『あぁ、クソッ……仕方ない。わかった、私もアリシャにつこう。約束だからな』




「!? 何、だと!? どういうことだ!?」


 思わず、アンガスは立ち上がった。約束? 何を、言っている?


 ノーラのエリアは全般的に監視が妨害されている。だから、知らないところで密約が行われているというのはあり得る話だが、あの勝ちに固執していたノーラが他人につくというのが信じられない。


「わかった、わかったぞ。ノーラ、自分が王になった後にアリシャを助けてやるという話だな?」


『ふん……違うな、兄上。王位をアリシャに譲ってやる、という、話だ。卑怯者にくれてやるより余程いい国ができるだろう』


「ば……馬鹿なッ……何を言っているのか、わかっているのか!?」


 それは信じられない言葉だった。

 アンガス達はただの王位を目指しているわけではない。それぞれ陣営があり、その期待を背負っているのだ。


 それを痛い程解っているはずのノーラが諦める、だと?


『くっくっく、こりゃ、予想外だなあ。まさか、ノーラまでもが諦める、とは……さすがの俺も、予想外だぜ。こいつは傑作だ』


「ッ…………」


 その言葉が真実だと言うのならば、トニーはノーラの助力を全く考えずに自らアリシャにつくと宣言した事になる。

 いや、それ以外のメンバーについても、皆、他の者がアリシャにつくと言った瞬間動揺していた。



 つまり、これは――前持って打ち合わせしたわけではないという事。



 だが、間違いなく、ただの偶然ではない。アンガスは戦慄した。


 この都市システムが支配している都市で、誰にも知られずに?


 これは、誰が描いた絵だ?



『おい、兄貴。それで、どうする? 兄貴以外のメンバーは皆、アリシャに加担するようだが――』



「…………くっ」


 アリシャ・コードにはリソースがない。だから、これは実質一対四の勝負だ。さすがに少し厳しくなってくるが、勝ち目がないというわけではない。




 だから、問題なのは孤軍奮闘になったというその事実だった。




 誰かが組むというのは十分に考えられた話だが、自分以外が全員一丸になるのは予想外だ。そしてそれぞれのエリアにはそれぞれの市民が――支持者がいる。



 果たして一丸となっている他の王族全員を敵にして勝ち抜いた男が王として相応しいだろうか?



 何もわからなかった前回の王位争奪戦とはわけが違うのだ。ただ勝てばいいわけではない。


 勝って、王として相応しい姿を見せなければならないのだ。もちろん、王杖さえ手に入れれば、権限は使えるが、その状態で王としての責務を全うできるのか?


 唾を飲み込む。冷や汗が頬を流れ落ちる。


 試してみるまでもない。どう考えても不可能だ。それはアンガスが望む王の姿からは程遠い。


 アンガスの性格を誰よりも理解しているのであろう、ノーラが笑みを浮かべて尋ねてくる。


『三日間悩むつもりか? 兄上』


 皆の目はとてもアンガスを謀っているようには見えなかった。アンガスはアリシャと直接顔を合わせた事はない。

 だが、ノーラもトニーも適当な相手に王位を譲るなどありえないはず。


 それほどまでに、その王女にはコードの未来を掛けるだけの才能があるというのか?


「くっ…………ずっと幽閉されていたスペアに、この国を導けるというのか?」


『そこは、我々でサポートする事になるだろう。それに、見たところアリシャのポテンシャルはかなりのものだ。アリシャも性格的に断る事はあるまい』


『アリシャは俺が見ていた事にも気づいていた。都市システムの習熟度はかなりのもんだ。都市システムを通しての監視を察知するには相当精通していなくちゃ無理だ。そうだろ?』


 トニーの言葉は信じがたいものだった。


 監視を察知するには都市システムの深い部分にアクセスして監視システム作動に使用されるリソースの消費を見極める必要がある。これはアンガスでも片手間でできる事ではない。それが真実ならば、アリシャには王族としての力が備わっている事になる。



 選択の余地などなかった。



 全力を尽くして他の全員を倒して王になるくらいならば、一緒にアリシャを担ぎ上げた方がずっと強いコードになるだろう。戦力だって減らない。


 簡単に勝てると思っていた。まさか、最後の最後でこんなどんでん返しを受けるとは。



「ぐぅッ…………やむを得んなッ…………どうやら、他に手はないようだッ」



 忸怩たる思いで決断を下したその時、後ろから声がかかった。





「待ってください、アンガス様。王位を諦めるおつもりですか?」



「ジーンか…………」


 声をかけてきたのはアンガスの片腕にして、戦力の取りまとめを始め様々な分野でその腕を振るっていた近衛、ジーン・ゴードンだった。


 王族の話し合いの最中に割り込んでくるなど言語道断な話だが、現在のアンガスの持つ軍事力がここまで大きくなったのはこの男の力があったのも事実。

 ここまで勢力を広げ、まだ十分勝ち目があるのに諦めるなど、この男からしたら話が違うと言いたくもなるだろう。


「私としても遺憾なのだが……諦める他あるまい。そもそも、戦わずに王が決まるのならばそうあるに越したことはないのだ。前王の意向には反するかもしれんがな」


 しかし前王は死んだ。王の権限で定められていた様々なルールも、権限者が亡くなった事で綻びが出始めている。なるべく早く立て直した方がいい。


 どう説得したものか、言葉を考えるアンガスに、ジーンはその紫の目を向けて言う。


「もう一度聞きます。アンガス様は、王位を、諦めるんですね?」


 念押しでもするかのような強い語気。嫌がらせか? 何度も言わせて傷口を抉ろうというのか?


「諦めると、言っているッ! 今、私が王になってもこの都市にとっていい影響はないわッ!」






「………………はぁ。貴方は――いや、この都市の人間は甘すぎるな」


「…………何?」


 ジーンの雰囲気が変わる。これまでアンガスの片腕として良く働いてきた男から、傲岸不遜にアンガスを見下すような雰囲気に。


「アンガス、お前は王位継承権を放棄した。そのリソースはその直属の近衛長である私に引き継がれる」


「!?」


「権利には責任が伴う。王位を拒否したお前に王族としての権利はない。これはこの都市のルールだ」


 アンガスでも聞いた事のないルールだ。慌てて都市システムを呼び出し、自分の情報を確認する。


「馬鹿、な……この私が、クラス1、だと!? いや、放棄だなんて、そんなルールがッ……」


「そして、誰もいらないというのならば――玉座は私がもらうとしよう。やれやれ、本当だったらぎりぎりで掠め取るつもりだったのだが、こんな事になるとはな」


 ため息をつくジーン。突然の事態に絶句していたノーラが立ち上がり、ジーンを睨みつける。


『馬鹿な……王になれるのは、王族だけだ。外からきた貴様になれるものかッ!』



「確かにその通りだ。王になれるのは都市を起動した王の直系だけ――リソースが引き継がれても王位継承権まで引き継がれるわけではない、が――」


 ジーン・ゴードンは笑みを浮かべると、被っていたフードを下げた。


 アンガスと同じ、真紅の髪に紫の瞳。これまで特に気にしていなかった特徴。


 ジーンは、歪んだ笑みを浮かべ、さも楽しそうに言った。




「私は、間違いなく、クロス・コードの子だよ。アンガス、いや――我が弟。知らなかったか? クロスが王になる前に共に過ごしていた――一人の女の話を」



 その言葉を受けシステムが確認したのか、ジーン・ゴードンの情報が書き換わる。アンガスが与えたクラス6、貴族のジーン・ゴードンからクラス8――王族の、ジーン・コードに。


 それは、システムがこの眼の前の男をクロス・コードの直系だと認めた証だった。


 王になる前にいた女の話。確かに、随分昔に一度だけ聞いた事があった。王の恋人にして――王位争奪戦の直前にコードを脱出し、探索者協会の襲撃の手引をした女。

 襲撃の手引など最悪の罪だ。それが王の元恋人ともなれば、話す事も憚られる。


 だが、まさか――息子まで存在していたとは。


 ジーンは天を仰ぎ、感慨深げに言う。



「ようやく、随分時間がかかったが、この時が来た。母を殺したコードを奪い、そしてそのコードの力で、迂闊な作戦で母を殺した探索者協会を徹底的に破壊してやる」



 目的は復讐か。確か、裏切り者は襲撃してきたハンター共々、粛清されたと聞いている。

 自分よりも遥かに高いクラスになったジーンを睨みつける。


「そんな、馬鹿げた事が、できると、思うか?」


「できるさ。弟よ、私はこの時のために、お前が準備に使った時間よりもずっと長い時間、高度物理文明について調べてきたのだ。想定外は――探索者協会が送ってきたトレジャーハンターだけだよ」


 ジーンが鼻を鳴らし、睨みつけてきているノーラ達を見回して言う。


「神算鬼謀の《千変万化》。その卓越した頭脳であらゆる困難な依頼を達成し、どんな障害も破壊するゼブルディアの新進気鋭。まさか、私がコードで動いている間にそんなハンターが現れるなんて――しかも、そんな頭脳特化のハンターをこのコードに送りつけてくるなんて、探協もなかなか厄介な事をしてくれる。どうやってシステム評価を誤魔化したのかはわからないが、そのせいで、計画は滅茶苦茶だ。まぁ、さすがの《千変万化》もこの私の存在までは予期できていなかったようだが――」



 神算鬼謀の《千変万化》…………まさか、三人目のハンターか?


 ジーンの立てた高レベルハンターを手駒にする計画でくるはずだったハンターは三人。それらしき人物が二人しかいなかったので二人しか来なかったのかと思っていたのだが――。


 ジーンが見下すような目つきで言う。


「まぁ、いい。お前達、《千変万化》に――クライ・アンドリヒに伝えるがいい。この私を、コードの全てを把握しているこの私を、止められる者ならば止めてみろ、とな。私はこの都市システムのぬるま湯に浸かった甘っちょろい人間とは違うぞ。大切なのは勝利だ。全員叩き潰して、王になる」


 世界がぐらりと揺れ、すぐに止まる。この空を飛ぶ都市に地震はない。


 これは――コードが、動いているのだ。


「今、コードを動かした。王になった瞬間に探協の本部に攻撃を仕掛け、それを進撃の狼煙にする。止められるものならば、止めてみるがいい」


「貴様は、何もわかっていないッ! そんな蛮行でコードを治められると思うなッ」


 睨みつけるアンガスに、ジーンが慇懃無礼な態度で答える。



「貴方こそわかっていません、アンガス様。治めるつもりはありませんよ、私や傭兵達は。このコードはただの武器だ。そもそも偉そうな顔をしているが、貴方達も犯罪者の子孫でしょう」


「ッ!!」


 その言葉に固まるアンガスに、ジーンが満足げに言う。


「私は忙しいので、そろそろご退出願いましょう。安心してください、まだ殺しはしませんよ。私のコードを見た貴方の表情が気になりますからね。おい、元王子殿を私のエリア外にご案内しろ」


 部屋の警備を担当していた機装兵が、アンガスの腕を掴み無理やり立たせる。

 クラス1では抵抗の術はない。アンガスもそれなりに身体は鍛えているが、抵抗が無意味な事は理解していた。都市システムの事を誰よりも知っているのは自分だ。


 アンガスは己の身を守っていた機装兵に引きずられるようにして、エリアを追放された。




=====あとがき=====


本日20時からYoutubeでアニメ開始前生配信が実施されます。

色々新情報も公開されますので、是非ご確認ください!


生配信はこちらから


https://www.youtube.com/live/-cAW2ghSTxg



私も現地で確認しています。

よろしくお願いします!


/槻影

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嘆きの亡霊は引退したい【2024年アニメ化】 槻影 @tsukikage

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