432 アンガスの場合

 何だかおかしな話になってきたな。


 急に王に呼ばれ最後の言葉を聞かされてから一夜。僕は腕を組み椅子に座り、眉を顰めていた。



 僕は運が悪い。別に何をやったわけでもないのに、これまで様々な事件に巻き込まれてきた。

 今回の依頼を受けたのも半ば巻き込まれたようなものだが、更に状況がこじれているような気がする。


 もともと、貴族達に都市システムの悪用を強制させられている国の中枢――王族達を全員保護して都市の外まで連れ出すのが依頼の内容だった。

 だが今、王は寿命で倒れ、王位争奪戦なる謎イベントが始まろうとしている。


 いつこんな話になった? そして、王族に行動を強制させているらしい貴族の姿も今のところ、見ていない。

 というか、誰一人として――王ですら、誰かに何かを強制されている様子はなかった(トニーさんは貴族に見られているとは言っていたけど)。



 あの話は一体なんだったのだろうか?




 いや…………僕が覚えていないだけで、探索者協会から依頼の話を受けた時に何か他に説明でもあったのかな……普通にありそう。



 さて、王位争奪戦とやらが始まるらしいこの先、僕は果たして何をすべきか?



 何が起こるのかはともかくとして、考えるべき事は一つだけ。




 保護だ。王族全員を保護して、さっさとこの都市から撤退する。シンプルである。そして、そのためにすべきは――待機だ。カイザー達の行動を待つのだ。




 カイザー達の動向はこれまでほとんど見えてこなかったが、昨晩、王は、前回の王位争奪戦の時に外に逃げ出した者がいたと言っていた。

 それはつまり、王位争奪戦には隙ができるという事。優秀なレベル8である彼らならば、それを狙って行動を起こそうと計画している可能性が高い。


 僕がちゃんと最初に依頼人との待ち合わせ場所に行けていたらカイザー達とも合流できただろうし、こんな推測で動く必要もなかったんですけどね。


 自分の無能に、思い出し自己嫌悪に陥っていると、オリビアさんとジャンさんが駆け込んできた。



「大変です。王が――クロス王が崩御されました!」


「うんうん、そうだね。知ってるよ」


 それどころか、今際の際に呼びつけられたのだ。そして、割と重めの話を聞かされてしまった。

 僕には余り責任感がないが、それでも最後の頼みくらいなるべく聞いてやりたいものである。



 オリビアさんが僕の胸元についていたカードを見て、目を飛び出んばかりに見開く。


「な……クラス…………7!? 馬鹿な、それは王にのみ与えられるクラスのはずッ!! ありえないッ……な、何が、起こったんですか!?」


「……間違いなく、歴史に残りますね。アンガス王子に目の敵にされている貴方が、王位争奪戦が始まる三日後以降に生きていたら、ですが。クラス7は前王に目をかけられていた証、ですが、全権を持つのは次代の王、貴方には後ろ盾も存在しない。貴方にとってその高いクラスは毒になりうる」


 慌てふためくオリビアさんとは対照的に、ジャンさんが青ざめた表情で、しかし静かに言う。


「毒、か……関係ないな。僕には僕のプランがある」


 逃げ出すだけだ。王位争奪戦が始まるのが三日後ならば、それまでに逃げ出してしまえばいい。


 自分に言い聞かせるべく、ここ数日で何度も言った言葉を繰り返していると、おひいさまが真っ青な顔でふらふら駆け寄り、しがみついてきた。


「ク、クライ、大変…………お父様が……!」


「あぁ、知っている。伝言も貰ってるよ」


「…………え?」


 僕は王様から最後に受け取ったチョコレートバーを取り出した。銀紙に包まれたチョコバーは僕が持ってきたものと全く同じ物に見える。


「今まで悪かった。皆の事は頼んだ、と」


 チョコレートバーを受け取ったおひいさまは一瞬目を丸くしたが、すぐにその表情は決壊した。僕の身体にしがみつき、顔を押し付け声を殺して泣き始める。


 僕には何も言える事はなかった。僕は王とは関係のない赤の他人だ。僕にできるのは、王様の遺言に応えるだけである。


 オリビアさんが、泣いているおひいさまから視線を外し、聞いてくる。


「……クライ、そろそろプランを言え。私が掴んだ情報によると、ノーラ様達、クラス8の方々は会議を開くはずです。次代の王をどうするのか、まずは話し合うために――そして、間違いなく合意は取れず、戦いが始まるでしょう」


「アンガス様の戦力は万全です。そしてノーラ様も――その戦力は今削られていますが、その程度で引き下がるお方ではありません。王位争奪戦はただの市民には余り関係ありませんが、今の選択が我々の進退に大きく関わるでしょう。貴方はアンガス様から睨まれていますが、今与すれば命は助かるかもしれません」


「ふっ……君達が考えるようにはならないよ。僕には僕のプランがある」


 アンガスさんの元にはカイザーがいる。アンガスさんはカイザーに保護されるから、王にはならないし僕の命の心配もない。

 というか、次の王位には誰もつかない。全員保護するんだから。


「ノーラさん達の話し合い? とやらが終わったら、僕達も動き出そう。さぁ、おひいさま。王がわざわざ作ってくれたんだから、チョコバーを食べて元気を出して」


 アンガスさんの方はカイザー達に任せてしまえば問題ないだろう。後の問題は……ノーラさん達が素直に保護されてくれるかどうかだけだ。






§ § §





 王位争奪戦。その時が来るのを、アンガス・コードは長い間待っていた。


 クロス・コードの第一子として生まれ、物心ついた頃から、アンガスは常に周囲から次期王になる事を求められてきた。


 最も広いエリアに、最も長い準備時間。支持を表明した貴族達の数は、アンガスに対する期待の表れで、目標は前王クロス・コードを超える、コードを更に発展させる強力な王だ。



 そのためには全力を尽くした。武力を蓄え、支持を取り付け、外部と情報を交換し、王位を得た後にまで備えた。弟や妹達が他の王候補として生まれても、アンガスは揺るがなかった。


 最も強き者が王になる。その原則は変わらなかったからだ。


 ただ優勢なだけでは足りない。先に生まれた以上優勢なのは当然。必要なのは、コード王に、そして市民達に、王に相応しい力を、未来を見せる事。


 父は機動能力の修復をぎりぎりまで行わず、力の蓄積に努めた。

 つまり、都市を動かし世界に進出する初代王の悲願を、次代の王に、アンガスに託したのだ。


 父は亡くなった。偉大なる王だったと思う。


 最後の瞬間まで、通常の父子の関係になる事はなかったが、莫大な力を持ちつつも都市を動かさず次代に繋ぐというのは、言うほど簡単な事ではない。


 王になる。そのためには弟妹をねじ伏せねばならない。


 トニーは賢い。支持者の数はアンガスに匹敵する。移り気なのが玉に瑕だが、十分王は務まる。

 ノーラは強い。あの妹は自分の感情に忠実で誰よりも負けず嫌いだ。こちらも王は務まるだろう。

 モリスとザカリーはまだ未熟な所の方が目に付くが、それでも後数年もすれば成長するはずだ。


 それら兄弟達に力を示すために、アンガスは長い間準備をしてきた。

 高レベルハンターの手駒に、外部から招き入れた大勢の傭兵。研究した大量の兵器に、最悪の事を考えモリスに派遣したケンビ。


 そして、間もなく試練の時がくる。


 アンガスの拠点の最上階。仮初の玉座に座るのも後三日だろう。


 都市システムにアクセスし、最後に弟妹達を呼び出す。宣戦布告と降伏勧告のために。








======あとがき======



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/槻影

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