第2話 サイボーグ・ナナフシ・パランティア 3

 銃口がさらに近づいて、視界を埋め尽くす。

三発目の核爆弾ブロークンアローはあらゆる法執行機関において秘中の秘です。ごく少数の政府関係者と、私のような捜査担当者しか知りません。知らないはずです。況してや、戦争が終わってからずっと眠っていた貴女に、知る術などあるはずがない」

 銃口の暗黒は覗き込む者を覗き込む深淵。暗黒の深淵は死の入り口。

 それでも少女は、――糸音は笑ってみせた。ナナフシのようなエリート官僚の顔面に僅かではあるが想定外の事態に対する驚愕による痙攣が広がりつつあるのが面白くてならなかった。

「やめろって言ってんだろが、バカヤロが」

 無の表情のままの無人が武野に罵声を浴びせがら彼の拳銃を持った手を自分の胸ぐらに引き寄せ、そのまま外に捻り上げた。武野も多少は格闘術の心得があるのか、直ちに無人の力に従い、武器を捨て、その場でうつ伏せになった。そうしなければ彼の腕が折れていた。

 少女は――糸音は、これ、YouTubeの警察密着番組の切り抜き動画で見たことがある、と思った。

「彼女は第二次世界大戦が最終戦争と呼ばれたような意味での、最後の戦争機械ヴァンパイア・プリンセス塩谷糸音だ。ぼくたちが彼女の何を知っていると言うんだよ? ええ? 言ってみろ。お前、彼女の何を知ってる?」

 捻り上げた腕を背中へ回し、うつ伏せの武野をさらに床に押し付ける。

「いいいたいいいいたいいいたいいいたいいいたい」

「言いたいなら言えよ!」

痛い、痛いIt hurts, it hurts.

「彼女がぼくたちの知らない間にぼくたちの知らない能力を獲得していて、お前の言う秘中の秘ってのも知ることができた、それだって十分にありえるだろうが。わかったか?Understand? わかったか!?Say Understand!

「アンダスタンアンダスタン」

 武野の拳銃を自分の細い腰に回されたベルトに差し込み、無人が立ち上がる。ゆっくりと糸音へ顔を向け、彼女の顔を見つめた。ひょっとすると、それは、微小の微笑すらない少年の、精一杯の、他人を安堵させるための微笑みの代替物だった。

 やり過ぎじゃない? という言葉を糸音は大量の空気とともに飲み込んだ。

「一体、何を何処まで知っているのですか、貴女は?」

 スーツの埃を払うのにたっぷり時間を使った後で、武野が糸音に尋ねた。

 ところで、彼女は何を知らないかということを知らないということを知らなかった。

 糸音は彼が彼女に対する敵意を失ったのを確信した。あるいは、そう、彼女のそばに立つ少年が武野よりも圧倒的な有形力を有しており、そして今やその少年が完全に彼女の味方であることを確信した。

 同時に、その確信が糸音から糸音を奪い去ったことを確信していたのだった。糸音は何も知らない世界に突然に投げ出された一人の少女、何のチートスキルも、高いパラメータも、伝説の勇者であった両親も、実は自分を愛しているが臣下の前では冷たい態度を取る皇兄もない、ただの少女そのものと化していた。

 どうやら身に迫る危機がなければ、『リトルボーイ・ファットマン・ヴァンパイアガール』の内容を思い出せないらしい。

「『心境において、現存在はいつもすでにおのれ自身の前へ連れだされている』」

 ハイデッガーの引用――『リトルボーイ・ファットマン・ヴァンパイアガール』の解説wikiで読んだ。

「『存在と時間』」

「そう、よくご存知ですね。貴女が眠っている間に、この国では色々なことがありました。実に色々なことが。しかし、とにかくまず、私は貴女に依頼します。最後の戦争の機械、塩谷糸音、貴女は三発目の核爆弾ブロークンアローを回収してください。それで、その能力で何かをまた何処かまで知ることができましたか、ヴァンパイアガール?」

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