第2話 サイボーグ・ナナフシ・パランティア 1
乾いたシーツの感触を素足に感じる。指と指の間に挟んで、さらに自分の身体へと引き寄せる。その動作の間に乾いたシャツとスラックスの感触もまた、感じることができる。下着なしに衣服を着ていることへの僅かの羞恥と、もうどうにでもな~れという心の声。上半身だけ起こしている少女のベッドのすぐ横では少年が立っており、また、その少し向こう、病室の出入口の近く、出入口を封鎖するようにしてパイプ椅子に男が座っている。
その男はダブルのスリーピーススーツに白のシャツ、さらに無地のブラウンのタイを合わせており、茶のスエードの革靴を履いている。もはやエリートビジネスマンのカリカチュアのような姿であり、時計もよく見ると、タグホイヤーのモナコによく似ていた。
「入院患者用の服はどうしたのですか?」
時計を何度も見ながら、男が少年に尋ねた。
「ぼくが彼女に出そうとした珈琲をこぼした。それで、ぼくの服を貸した。何か問題あるのか?」
これは少年の――無人の嘘、少女への心遣いで、実際には入浴後に今一度、浴室の鏡を見て自分が自分ではない者になったこと、すなわち転生したことを理解した少女が服を着たまま排尿したためであった。緊張の頂点にあって、彼女は破裂しそうな膀胱のことを思い出し、しかし鏡の前から動けず、そのままお漏らしした。
「いえ、何も問題ありません」
時計を忙しく見ながら、男がパイプ椅子から立ち上がる。男は日本人離れした長身だった。撫で肩もあって、少女には彼が人間に擬態するナナフシのようにしか見えなくなった。ナナフシが今にももぎ取れそうな手足でベッドに近づいてくる。
無人が少女の視界を塞ぐようにして立った。彼女は無人の背中で広がるシャツの皺一つない雪原を見た。
ところで、ナナフシはそんな彼女を無人の頭ごしに見下ろしていた。ナナフシの身長ではそれが可能なのだった。彼女は自分の頭頂に視線を感じて、さらにシーツを手繰り寄せた。
「離れろ、お前。怖がってんだろ」
低く、鋭い声で無人がナナフシに対して言った。先程から無人はナナフシに彼女へのそれとは明らかに違う態度を取っており、彼女は自分が無人に特別扱いされていることへの喜びを感じた。と同時に、彼が「この人はな、お前みたいなサイコパスが近づいていい人じゃないんだよ。おい、サイコ野郎。聞いてるのか。その耳は単なる空洞か? 頭だけじゃなくて耳も空洞なのかよ」と女の子のような声で矢継ぎに罵倒しているのを聞いていると、何か肩甲骨の間を冷たく、しかし僅かに湿度のある指で撫でられるような感覚があった。
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