第19話 三尋木君の欲しいもの
クリスマスの朝である。
今日は月曜日、この営業所の『配達日』だ。
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
それはそれはウッキウキのアドじいの隣に座って(正直ちょっときつい)、そりは空高く飛び上がった。目指すは東京だ。
北海道から東京へもこのそりなら約二時間。しかも、私が乗っているから安全運転で――ということで、少しゆっくりにしているのだ。ここ数日の散歩はもっとびゅんびゅんに飛ばしてたから大丈夫だよって言ったんだけど、アドじいから「そんなに飛ばしてたの?! 駄目だよ、危ないよ!」とお叱りを受けてしまったりして。
とまぁ、飛行機とさほど変わらない速さで飛んでいるんだけど、飛行機と違う点は、降りる場所を選ばないということ。別に空港なんかなくたって大丈夫。というわけで、まっすぐ
学校の話とか家の話をぽつぽつとしている間に、見慣れた景色が飛び込んできた。
「ふわぁ、いつ見ても東京は都会だよねぇ」
感心したようにワッカが気の抜けた声を出す。
「こんなごちゃごちゃしたところによく住めるよな」
「同感です。もう目が回りそうです、私」
何とも失礼なことを言うトナカイ達である。あのね、ここに住んでる人いるからね、ここに! ていうか、ここは東京の中でも、特に都会の――違うな、お金持ちの人が住んでるところだから!
はい、というわけで、その『お金持ちの人』が住んでいる、超高層マンション、いわゆる『タワマン』である。
「ここが今回のプレゼント対象者の家か」
「家、っていうか……部屋? と言うんでしょうか」
「とりあえず、そりはここに繋いでおこうか」
と、話しているのは、見上げれば首が痛くなりそうなタワマンの四十五階。
の、窓だ。
そこにふよふよと浮かんでいる。空飛ぶそりはこんなこともできるのだ。もちろん、誰にも、カラスにも私達の姿は見えない。
「さーて、
『どろぼうブーツ』と『つるつる手袋』を装着した私とアドじいは、
アドじいが『どれどれメガネ』を取り出し、それをかけようとして――私に手渡してきた。
「ノンノ、お願いできる? ウッキ、今日ちょっと目がしょぼしょぼで」
「えっ、あぁ、うん、いいけど」
たぶん、しょぼしょぼなんて嘘だ。私にやらせたいんだろう。だけどそこには触れず、私はメガネをかけた。三尋木君は、大きいソファに座って、タブレットをいじっている。動画でも見てるのかな? いや、タッチペンで何か書いてるから、勉強かも。
欲しいものしか見えないとはいえ、心を覗き見るなんて、いまさら罪悪感。理玖君の時にはこんなこと思わなかったのに、やっぱり知り合い――というかクラスメイトだからかな。
三尋木君、ごめん。でもこれも三尋木君にプレゼントを渡すためだから!
心の中で謝って、えいや! とメガネをかける。すると。
「どうだい、ノンノ? 見えた?」
「見えたけど……。なんかちょっと意外すぎるっていうか」
ほんとにこれなのかな感がすごい。
「トランプと、すごろく。それから、ボードゲームとか、あと……」
三尋木君の頭の中にある『欲しいもの』はそれはそれはたくさんあった。そのどれもが、アナログゲーム。正直、私達の年代だとゲームと言えば、携帯ゲームやテレビゲームだ。それかもしくはスマホやタブレットのゲームとかなんだけど。
だけど、こないだの理玖君のプレゼントとは違って、これらははっきり言って用意しやすい。ルミ君にお願いすると、それはあっという間に届いた。後はこれをどうにかして三尋木君に渡せばいいのである。
こういう『物』の場合は、用意するのが簡単な分、渡し方が重要だ。いくらサンタからのプレゼントだからといって、枕元に置くわけにはいかない。誰も用意した覚えのないプレゼントがあったら、普通に考えて気味が悪いからだ。一般的に『サンタからのプレゼント』というのは、『サンタの名を借りた誰かからのプレゼント』なのである。
アドじい曰く、その対象者が、自分が『欲しいと思っているもの』を手に入れることが重要なのであって、『サンタから』もらうという部分は特に重要ではないらしい。だから例えば、懸賞が当たったとか、この道を通った何万人目の記念品ですとか、そういうのでいいのだとか。
というわけで今回は、三尋木君が定期購読している少年漫画の読者アンケートが当たったという設定で、配達業者に変装して渡すのがいいんじゃないか、ということになった。
……んだけど。
「三尋木君がこういうの欲しがるなんてなぁ。でもたしかに、新しいゲームは出るたびに買ってもらってるって言ってたから、そういうのに飽きちゃった、とかなのかな?」
そりの上でダンボールにプレゼントを詰めながら、アドじいとトナカイ達にそんなことを話す。アドじいは、ふさふさのおヒゲをもふもふとなでで、ふむ、と言った。
「『どれどれメガネ』で見えたわけだし、駿介君がこれらを欲しがってるのは間違いないね」
「まぁ、そうなんだろうけど。なんか引っかかるんだよね」
「引っかかる? どの辺が?」
「えっと、やっぱり意外すぎるっていうか。いや、私は三尋木君とそんなに仲がいいわけじゃないから、もしかしたら案外こういうのが好きなのかもしれないんだけど」
でも、何か引っかかる。トランプにすごろく、それからボードゲーム……。
ううん、と首を傾げていると、「なぁ」とレラが口を開いた。何、と顔を上げると、レラは不思議そうな顔をして、部屋の中の三尋木君をじっと見ている。
「あいつ、一人っ子なんだろ? そんなゲーム、誰とやんだろうな」
「へ?」
「部屋に誰もいねぇしさ。これから来るのか? パーティーでもすんのかな。でも、だとしたら、事前に用意しておくよなぁ」
身を乗り出して部屋の中を見回しながらそう言うと、ワッカが割って入ってくる。
「いやいや、さすがにこの時間からパーティーはしないでしょ。クリスマスとはいえ、平日朝の十時だよ?」
「そうですよ。駿介君は冬休みでも、ご両親はお仕事なんでしょうし。帰って来てからみんなでやるんじゃないんですかね」
フミもまた、うんうんと頷きながら会話に参加する。
そこで思い出す。
三尋木君は、クリスマスは毎年朝から晩までパーティーをしてるって言ってたんじゃなかったっけ。
嘘ついたのかな。
見栄張っちゃったのかな。
それとも、直前になってキャンセルになった、とか?
三尋木君くらいの人気者だったら、急に予定があいたりなんかしたら色んな人からお誘いがありそうだけどな。なんて考えながら、私も何気なく部屋の中を見た。
やっぱり何か違和感がある。
何だろう、何だろう、と考えたけど、わかりそうでわからない。そうこうしているうちに、プレゼントの梱包は終わった。一応クリスマスだから、ということで、アドじいがサンタの恰好のまま配達することになった。さすがに顔がバレている私はそりの上でその様子を見学だ。
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