第3話 そんなにヤバいの、ここ!?

 アドじいと三人のトナカイとの食事は、まぁまぁ楽しかった。だけど、五人がいない分、テーブルがとても広く感じる。


 トイとキナはおかずを取り合ってよくケンカしてたなとか、それをなだめるのはしっかりもののソーだったなとか、シララは甘いものが大好きで、デザートがあると機嫌が良かったなとか、リリが大人ぶってブラックコーヒーを飲んで泣きそうになってたのおかしかったなとか、そんなことを思い出してしまう。


 弟分チームがそうやってワイワイしているのを、このお兄さんチームの三人はケラケラと笑って見ていたものだ。


 だけど、トイとキナのケンカが本格化すると、止めるのはレラの役目だったし、自分には止められなかったと肩を落とすソーを元気づけるのはワッカが担当だったし、フミはシララと一緒にデザートを食べてニコニコして、リリの残したコーヒーを「ちょうど飲みたかったんです」なんて言って飲んであげたりしてたのだ。


 いつまでも八人のトナカイはそうやって楽しく過ごしながらアドじいと一緒にたくさんのプレゼントを届けるんだろうな、って思っていたのに。



「何しょぼくれてんだ、チビ」


 ソファの上で膝を抱え、テレビをぼうっと見ていると、突然頭の上に大きな手が乗せられた。アドじいは何か急ぎで作らないといけない書類があると言って、お部屋にこもってしまっている。


ったぁ!? ちょ、レラ。何よ」


 そのままわしゃわしゃと、髪の毛をかき混ぜるようになでてくる。絡まるからやめて! 私の髪、絡まりやすいんだから!


「あいつらがいないから、しょげてんだろ」

「別に、そんなことないもん!」

「いや、あるね。お前、今日は全然食ってなかったし」

「あっ、あのね、私だって別にいっつもたくさん食べるわけじゃないから!」

「チビなんだから、たくさん食わねぇと大きくならねぇぞ」

「うるさい! チビじゃない!」


 正直に言えば、その通りだ。

 あの五人がいないのがやっぱりショックなのである。私は一人っ子だから、ここのトナカイ達は私の兄弟みたいなものだ。だから、弟が一気に五人もいなくなった気分。


「レラ、レディに対して失礼ですよ」

「ごめんね花ちゃん。ほ~んとデリカシーのないやつで」


 台所の後片付けやら明日の朝食の仕込みを済ませたらしい二人がやって来る。キャッキャと明るく寄って来るワッカとは対照的に、フミは眉を八の字に下げて困り顔だ。


「ちゃんと謝れよぉ、レラ」

「別に俺は謝らないといけないようなこと言ってねぇし」

「言ってるだろぉ」

「言ってない」

「ふーたーりーとーも! レディの前でケンカはやめなさい!」


 ぐいぐいと顔を近づけていがみ合う二人の間にフミが割って入る。弟分チームがいなくても、お兄ちゃん枠は変わらないらしい。


「こんなことしている場合ではないでしょう! もしアードルフ様に見つかったら!」

「ああ、そうだったそうだった!」


 フミの指摘に、ワッカがポンと手を叩く。


「僕達さ、花ちゃんにお願いがあって来たんだ」

「お願い? あっ、そうだ。なんか私に力を貸してほしいって」

「そうです。レディの力が必要なんです!」

「何? 私別に何もできないと思うけど」

「そんなことないよ! もう花ちゃんしかいないんだよ!」

「そうです、お願いします!」


 うるうると瞳を潤ませて、なおも「お願い!」「お願いします!」と迫られる。いや、まずそのお願いの内容にもよるし!


 ていうか。


「それはさ、レラは関係ないやつなの?」


 二人から外れて、つんと澄ました顔をしているレラを指差す。そこでやっと二人はレラがそっぽを向いていることに気がついたらしい。慌てて彼の両脇に回って、一斉に後頭部を押さえつけた。


「レラ! お前も! だろぉ!」

「あなたも頭を下げなさい、レラ!」

「何よ、やっぱりレラもなんじゃない!」

「ちょ! やめろ! わかった。わかったってば。……頼む」

「まだが高いぃ!」

「頼む、じゃなくて、ちゃんとお願いするんです!」

「だぁぁ、もう! お願い! します! これでいいだろ! 放せ!」

「もういいよ。わかったってば。顔上げていいよ、もう」


 いつもふんぞり返って偉そうなレラが(無理やりではあったけど)頭を下げて来るなんて、ちょっと気分がいい。ふふん、ざまぁみろ。私のこと、さんざんチビチビ言ってくれちゃってさ。ていうか私、別にクラスでは小さい方じゃないし! あんたが大きいだけだから!


「引き受けてくれるの!? ありがとう花ちゃん!」

「さすがは私達のレディです」

「ふん。まぁ助かったわ。ありがとな」

「ちょちょちょ。ちょっと待って。まだ私引き受けるなんて一言も言ってない! ていうか、そもそもお願いって何なの? 力を貸すって、何すればいいの?」


 あのね。さっきの「わかった」っていうのは、あくまでも「三人が私にお願いしたいことがある」っていうのを「わかった」ってだけだからね?!


 必死にそう説明すると、レラは「だましたなチビ!」と真っ赤な顔で怒りだした。うるさい! チビじゃないってば!


 だけどさすがに怒ったのはレラだけで、ワッカとフミは「たしかに」と冷静だ。


「さっきの五人の話とも関係があるんだけどね」

「あの五人の話? トイ達?」

「そうです。あの五人は、他の営業所に泣く泣く移ったんです」

「ウチはいま、トナカイを八人も養えるほどの売り上げがねぇしな」

「やっぱり!」


 思わずその言葉がついて出て、慌てて口を押さえる。


「何だよ、やっぱりって。お前知ってたのか? ここの経営が危ないって」

「知ってたっていうか……。パパとママが話してるのを聞いちゃったっていうか……」

「まぁ、知ってるなら話が早いや。実はちょっと前に僕ら全員集められて、この中から五人、他の営業所に行ってくれないかってアディ様に言われたんだ」

「それで、配達のメインは私達ですし、彼らはあくまでもサポートですから」

「それであいつらが行くことになって」

「そうだったんだ」

「それで、だ。本題はここからだ」


 やっぱりちょっと偉そうに、レラが身を乗り出した。


「おやっさんが、今年いっぱいでこの営業所を閉めようかなって言ってたんだよ」

「は?」


 ちょっとママ! フミの早とちりとかそんな話じゃないじゃん! ほんとにアドじいサンタ辞める気じゃん! 


「あの五人がいなくなったの、相当こたえたんだろうな。すっかり元気なくなっちまって。そんで、ある日、『年内でここを閉めようかな』って独り言をな」

「え、えぇ? 待って。そしたら月曜のプレゼントは?」

「それは他の営業所が持ち回りでどうにか」

「そんなぁ!」


 そりゃあそんな未来も考えたけど。いや、今年いっぱいって、もう十二月も半分終わってるんですけど!?


「な! お前もそう思うだろ?」

「だよねだよね! だからさ!」

「力を貸してください、レディ!」


 ぐぐぐ、と三人同時に迫って来る。その顔は真剣そのものだ。


「で、でも、私まだ中学生だよ? 私に一体何が――」


 怯む私に三人は言った。


「なんとかおやっさんのやる気を引き出して、ここの閉鎖を止めてくれ!」

「レディがいるとアードルフ様ウッキウキなんです! あんなウキウキのアードルフ様、久しぶりに見たんです!」

「お願いだよ花ちゃん! このままだと僕達、野良トナカイになっちゃう! あの五人はまだ小さいから引き取ってもらえたけど、僕らはもう大きいから無理なんだよぉ!」


 鬼気迫る三人の顔に、私はもう頷くしかなかった。

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