1、毎日サンタ・月曜日営業所

第2話 いなくなった五人のトナカイ

 あっという間に冬休み。

 稚内空港からレンタカーを借り、パパの運転でやって来たのは、日本の最北端、宗谷岬だ。アドじいのところへ行くためには、ここからが必要なのである。

 

 行先は、サンタクロースが住む、特別な島。普通の人には見ることもできない。地図にももちろん載っていない、名前のない島だ。


 車の中で待っていると、しゃんしゃん、からんからん、と鈴や鐘の音が聞こえてくる。車の窓から空を見上げれば、太陽を背にしているせいでシルエットだけになっているけど、どこからどう見てもサンタクロース。トナカイの引く、空飛ぶそりに乗ったアドじいだ。


「アドじい!」

「ノンノ、久しぶりだねぇ! ウッキ迎えに来たよぉ!」


 元気がないなんて嘘みたいに大きな声で、ぶんぶんと私に向かって手を振る。まるで大きならせん階段をおりるように、ぐるぐると回りながらゆっくりとそりは降下し、さしゅ、とトナカイ達の前脚が雪面に着いた。先頭トナカイのレラが、ふるる、と首を振る。それに続いて、両脇のワッカとフミも首を震わせた。


「さぁさ、乗って乗って。それじゃ、ノンノを預かるね」


 私が車から降りると、パパも慌てて出て来て「よろしくお願いします」と深々とお辞儀をした。そうしてから、私をぎゅう、と強く抱き締めて「パパのこと、忘れないでねぇぇぇ!」と号泣する。その姿に、さすがのアドじいもちょっと引いてた。車の中から手を振るママも呆れ顔だ。


 宗谷岬から、目的地であるその島まではものの五分だ。どれくらいの距離があるのかはさっぱりわからないけど、とにかくあっという間に着いてしまう。


「着いたよぉ、ノンノぉ! あー、もうっ、よく来たねぇ! ウッキはもうウッキウキだよぉ!」

「むぎゅぅぅ!?」


 小屋に入るなり、ぼふん、と、ふっかふかの大きなおなかに、むぎゅうむぎゅうと抱き締められた。頭の上にふっさふさのおヒゲが乗っかっているのがわかる。誰もがイメージするサンタクロースそのもののアドじいは、その正装ともいえる、真っ赤な上下のスーツに三角帽子姿だ。ちなみにこの「ウッキはもうウッキウキ」というのは、アドじいの口癖である。ノンノ、というのは私のことだ。ウッキは私のことを『暖乃のの』ではなく、『ノンノ』と呼ぶのだ。


「マルから今年もノンノが来てくれるって聞いてね、もうウッキ嬉しくて嬉しくて。それにほら、お仕事手伝ってくれるって約束でしょ? 見て、ほぉーら! ちゃーんと用意したよぉ!」


 そう言って、私サイズの真っ赤なサンタ服を見せてくる。ミニ丈のワンピースタイプだけど、下に履くズボンもある。本当はワンピだけだったらしいんだけど、パパの猛反対で断念したんだとか。


 あっ、ちなみに、『マル』というのはママの名前。『マルユッカ』がフィンランドの名前で、日本の名前は『百合江ゆりえ』。神居岩かもいわマルユッカ百合江、という長い名前だ。


「うふふ、これ着てねぇ、ウッキと一緒にお仕事しようねぇ。あー、嬉しい。孫ちゃんと一緒にお仕事出来るなんて、ウッキ、もうウッキウキ!」


 ふぉっふぉ、と笑いながら、私の両手を取ってぐるぐると回る。アドじいはおじいちゃんだけど、身長は百八十もあるから、私はつま先立ちだ。よたよたしながらアドじいに合わせて回っていると、部屋の奥の扉が開いた。


「アディ様ぁ、花ちゃん荷物置きましたぁ?」

「食事の用意出来てるぞ、おやっさん」

「それとも先にお風呂がいいでしょうか?」


 そこから出て来たのは、三人のイケメン――いやトナカイだ。そう、さっきまで空飛ぶそりを引いてた三である。サンタクロースのそりを引くトナカイというのは、特別だ。まず、空が飛べる。そして、人間の姿にもなれるのである。この姿だとだいたい高校生くらいに見えるかな。


「わーい花ちゃーん!」


 人懐っこい笑顔でキャッキャと手を振るのはワッカ。ふわっとした栗色の髪が特徴だ。ワッカは私のことを『花ちゃん』と呼ぶ。アドじいの言う『ノンノ』が、彼らトナカイ達の言葉で『花』という意味だからなんだって。


「ぐずぐずすんなチビ。とっとと食おうぜ、飯が冷めちまう」


 すっきり短い黒髪が爽やかなんだけど、いつもちょっと怒ったような顔をしていて、言葉遣いも荒いのは先頭リーダートナカイのレラ。そしてこいつは私のことを『チビ』と呼ぶのだ。腹立つ! 


「いやぁレディ、こうして見ると、本当に大きくなりましたねぇ! こないだ見た時はこんっな! こんっな! でしたのに!」


 と、自分の膝辺りに手を置いて、ちょっとうるうるしているのは、赤毛のサラサラショートヘアのフミだ。優しくて真面目なんだけどちょっとズレてる。ていうか、会ったの今年の夏だよ? そんなに小さいわけないじゃん。私のこと『レディ』って呼ぶの、ちょっと恥ずかしいからやめてほしい。


「三人とも食事の仕度、ありがとうねぇ。さ、ノンノ。まずはご飯ご飯。ウチのトナカイ達のお料理は絶品だよぉ」


 さぁさぁ、と背中を押されるけど……。


「ま、待ってアドじい。トナカイ足りなくない? トイは? シララは? キナに、リリに、ソーは? 八人いたじゃん!」


 と、足を踏ん張って止まる。

 ここにいるトナカイは全部で八人だ。毎年見てるから間違いない。今年の夏に遊びに来た時だってちゃんといた。この三人よりもずっと若い『弟分チーム』である。お迎えはいつもこの三人で、弟分達はお留守番をしていたのだ。


 すると、私の背中をぐいぐいと押していたアドじいは、ぴたりと止まった。そして、ほわぁ、と大きく息を吐く。


「う、ううん、あのね、あの五人はね、ええと、その、ここにはいないっていうか」

「はぁ!? いないってどういうこと!?」


 くるりと向きを変えてアドじいを見上げる。あまりに至近距離すぎて視界に入るのはもっふもふの白いおヒゲだけだ。一歩下がってもう一度見上げると、今度は、アドじいの顔がちゃんと見えた。真っ白でふさふさの眉毛を下げてキョドキョドと目を左右に泳がせている。


 その表情でピンと来た。


 そういえば秋ごろにちょっとしたトラブルがあったって言ってたっけ。もしかして、それで……。


「も、もしかして死ん……」

「わわわ! 違うよ! ちゃんと元気! ただ、その、ここにはいないだけで」

「ここにいないならどこにいるの? だって、トナカイにはサンタのそりを引く大事な仕事が――」

「だーから、サンタのそり引く仕事をしてるに決まってんだろ」


 後ろから、つっけんどんにそう言ったのは、レラだった。はぁ? と振り向くと、ワッカとフミも何やら気まずそうな顔をして、首を振っている。


「つまり、ここじゃなくて、行ったんです」

「えっとぉ、トイが火曜で、シララが水曜。それで、キナが木曜で、リリが金曜、ソーは土曜かな」

「だからね、みんなちゃんと元気に働いてるよ。たまーに電話も来るし」


 そう言って、アドじいは、えへへ、と寂しそうに笑った。



 アドじいは本物のサンタクロースだ。

 だけど、みんなが思い描くような、プレゼントを届けるサンタではない。


 クリスマスに関係なく、毎日、選ばれたたった一人に、その人が欲しいと思っている『もの』をプレゼントする『毎日サンタ』というのが、アドじいだ。


 といっても、実際にその仕事をするのは週に一度。


 実はここは、『EEverySSanta ClausCCompany(日本名:毎日サンタ)』という会社の日本支部の一つなのだ。あまり知られていないけど、この会社、実はいまからもう何百年も前からあるらしい。

 そしてこの会社はどんどん大きくなって世界中に支店を持つようになり、アドじいは他の六人のサンタ仲間と共にここ、日本を担当しているというわけ。


 各曜日の名前がついた営業所があって、ここはその『月曜日営業所』。だから実際にプレゼントを届ける仕事は月曜日だけ。だけど、残りの日もなんやかんやと働いているらしい。


 なので、会社としては『毎日サンタ』なんだけど、実際は『週一サンタ』って感じ。


 そういや前に、この『月曜日営業所』が一番売り上げが悪いんだって、パパとママが夜中に話しているのを聞いたことがある。プレゼントを配る仕事なのに売り上げってどういうこと? 詳しいことは私にもよくわかんないけど。


 もしかしたらあんまりにも売り上げが悪すぎて、八人のトナカイにちゃんとお給料を上げられなくなったのかもしれない。まだ中学生の私が心配することではないけど、このままいったら、この営業所そのものがなくなっちゃったりして! もしかして、サンタ辞めるって、そういうこと?!


 なんだか無理して笑っているようなアドじいに、それ以上何も聞くことができなかった。


 だから私も、


「な、なぁんだ! みんな元気ならいいや! さ、食べよ食べよ。私、お腹空いちゃったなぁ!」


 と、無理やり笑った。

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