第4話 トナカイ達と空の散歩へ!
アドじいの手伝いが始まるのはその翌日の水曜日からだった。
ここは月曜日営業所だから、実際にプレゼントを配達するのはもちろん月曜日。そして次の月曜日はなんと、二十五日。つまり、クリスマス当日だ。こんなに切羽詰まってるんだったら、せめて十二月の頭に来たかったよ!
「クリスマス本番が月曜日で、しかもノンノと一緒にお仕事出来るなんてっ! もう、ウッキはウッキウキだよぉ!」
もふもふのおヒゲをふっさふっささせて、大きなお腹をゆさゆさと揺する。私にはこんなにウキウキとした顔を見せてくれるけれども、トナカイ達の話によると、私がここに来る前はいつもしょんぼりしていて、ふさぎ込むことが多かったのだという。
だから、私と一緒に働くことでまた再びやる気を取り戻せるんじゃないだろうか、そしたら年内で閉鎖というのも考え直してくれるんじゃないか、というのがトナカイ達の考えだ。
にこにこウキウキしているアドじいが席を外した隙に、さっとトナカイ達が駆け寄って来て、私にこそっと耳打ちする。
「花ちゃん、とってもいい感じだよ! アディ様すっごく嬉しそう!」
「私にはいつものアドじいにしか見えないけど」
「ここ数ヶ月はこんなにウキウキしてなかったんですから」
「やっぱり孫の力ってのはすげぇな」
「まだ何もしてないんだけど。でも、私がいるだけでほんとに違うんだね」
二十五日が月曜日ということは、これが年内最後の配達だ。その次の配達は一月の一日、元旦である。ということは、この二十五日の月曜日が勝負。もちろん、その前後をないがしろにしていいわけではないけど。だけどやっぱり、サンタクロースが一番活躍して、感謝される日といえばクリスマスだ。
「とにかく、やれるだけやってみるよ。私も頑張るから、三人も協力してよね」
「任せて!」
「仕方ないな」
「私にできることなら」
嫌がるレラを説得して四人で円陣を組み、えいえいおー、と拳を振り上げる。Xデーは二十五日のクリスマスだ!
さて、配達日以外の『毎日サンタ』が何をしているかというと、私が知っているのは、書類仕事と備品整理だ。さすがに私は書類仕事は手伝えないけど。なので、私がやることと言ったら、部屋の掃除とか、そりの手入れくらい。そりには、『サンタクロース七つ道具』なんていう不思議アイテムが積まれているので、それが壊れたりしていないかのチェックもしなくてはならないし、それから、飛行訓練も兼ねたトナカイ達の散歩もする。これは毎日。
いまさら飛行訓練? なんて思ったかもしれないけど、これはかなり重要だ。だって、サンタクロースに代わりはいない。その日になって「なんか調子が悪いから飛べません」ではシャレにならないのである。
というわけで、私はさっそくそりの手入れと、トナカイ達の散歩の仕事が与えられた。これまでも空飛ぶそりに乗せてもらったことはあるけど、それはあくまでも『お客さん』として。これは『散歩』、れっきとした仕事である。
「だけど、散歩って、具体的に何をしたらいいんだろう。持ち物とか……」
アドじいが用意してくれたサンタスーツを着て、そりの前でううん、と首を傾げる。ちなみにこのサンタスーツは完全防寒仕様になっていて、見た目よりもずっとずっと温かい。
「犬を飼ってる子の話だと、お水とかおやつとか、あと、エチケット袋なんていうのも必要みたいだけど」
と、独り言をぽつりとこぼしていると――、
「
後ろから、ぽこん、と頭を叩かれた。こんなことをするのは一人しかいない。何するのよ! と勢いよく振り返ると、案の定レラである。もちろん、人の姿だ。トナカイの前脚でぽかりとやられたら大怪我しちゃうから。
「お前な、俺らにそんなものが必要だと思うのか? 水やら菓子やら、ましてやエチケット袋って」
「花ちゃん、確かに散歩は散歩だけど、僕達、ところかまわず粗相したりしないからね?」
「いつも通り、ただ、一緒に飛んでくれればいいんですよ。そりに乗って、
「そ、そうだよね……あはは」
気を取り直してそりに乗り、しっかりとシートベルトを締めて手綱を取る。そりの前に立つ三人が、ふるり、と身体を震わせると、彼らの身体はあっという間に立派な角を持つトナカイに変わった。首につけた鐘がからんと鳴る。
「それじゃ、しゅっぱーつ」
手綱は三人……じゃなかった三頭が口に
まるで見えない坂道でも駆け上るように、トナカイ達は四本の足を動かして、軽やかに空を飛ぶ。からんからんという鐘の音と、手綱についている鈴のしゃんしゃんという音が心地いい。今日は結構風の強い日なんだけど、そりは全然揺れない。それは先頭にレラがいるからだ。
レラは彼らの言葉で『風』という意味だ。レラは風のトナカイなのである。だから、どんなに強風の日でもお構いなしに飛べるのだ。
トナカイ達はそれぞれ名前にちなんだ力を持っていて、ワッカは『水』、フミは『音』だ。ワッカがいれば雨が降っても平気だし、フミがいれば雷の音だって怖くない。サンタのそりを引くトナカイというのは、本当に特別なのだ。
「レディ、怖くないですか?」
フミが首だけをこちらに向けて尋ねてくる。
「え? ぜーんぜん。小さい頃から何回も乗ってるし」
あはは、と軽く笑ってそう返すと、次に振り向いたのはレラだ。
「そうそう、お前去年の夏はそりの上でガーガーいびきかいて寝てたもんな。いまさら怖いわけないよな」
「いっ、いびきなんてかいてないし!」
「そうか? 俺は
トナカイの姿でもわかる。小憎たらしい表情だ。腹立つ。
「ああもう、レラはさ、いっつも一言多いんだよ」
「そうですよ、レラ。あなたは少しレディに対する扱いが酷すぎます」
「何だよ、事実じゃねぇか。ワッカなんかすげぇ笑ってたじゃん」
「わっ、笑ってなんか……!」
「フミだって笑ってたよな」
「あっ、あれは、微笑ましくてつい……!」
「何よ! ワッカもフミも笑ってんじゃん! 仕方ないじゃん、このそりの乗り心地がいいのが悪いんでしょ!」
手足をばたつかせてそう抗議すると、ぎゃいぎゃいと騒いでいた三頭の動きがぴたりと止まった。レラが首だけをこちらに向けて、じとり、と
「おいチビ。お前マジで言ってんのか?」
「はぁ? 何よ。言っちゃ悪いの?」
「そういうわけじゃないけどさぁ。でもマルお嬢様なんて『もう二度と乗らない!』って言ってたしねぇ」
「ママが? 嘘だぁ!」
好奇心いっぱいで何でも挑戦したがりの、あのママが?! 別に高いところだって苦手でもないはずなのに。あっ、もしかしてママも一緒にどう? って誘っても断れるのって、このそりがイヤだから? サンタの娘なのに!
「嘘じゃないです。もう随分前――それこそレディが生まれる前の話ですけど」
「一回乗っただけでギブアップだったんだよ。危ないのに、バタバタ暴れてさ、降りる降りるって」
「落っことすかと思ってさすがの俺らも肝を冷やしたぜ、あん時は」
「だからアディ様、マルお嬢様に継がせるのは早い段階で諦めてたんだよね」
「まぁ、別に血縁者でなければ継げないというわけではありませんし、アードルフ様もまだまだご隠居されるお年でもありませんけどね。でも後継者候補はいるに越したことはありませんから、一応探してたんですけど」
「ボシューヨーコーとか出してな。ほらあの、なんつったっけ、キュージンサイトってやつに」
「志望者は結構来るんです。だけど、軒並みボツで」
「みーんなこのそり」
「乗り心地、最ッッ悪って」
「言うんですよねぇ」
最後は器用に三人で言葉をつないで、トナカイ達は同時にため息をついた。
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