第16話 いまできることをしなくちゃ
とにかく、売り上げのことはまた今度ちゃんとお話するから、と無理やり話を畳まれてしまい、私は日課であるトナカイの散歩を命じられた。
「今度って言われても、次の配達が最後かもしれないのに」
そんなことをぶつぶつ言っていると、
「あれ、花ちゃん。報告書は終わったの? アディ様のお手伝いは?」
にこにこしながら丁寧にワックスをかけているその隣にしゃがみ込んで、それがさぁ、とさっきの話をすると――、
「は、はぁぁぁぁ!? 売り上げが二倍?!」
「そうみたい。えーっと、千円が二千円になるとか、そういうことでしょ? それはたしかにすごいけどさぁ。そんなに隠すほどかなって」
「は、花ちゃん花ちゃん! あのね、サンタの売り上げが千円とかのわけないからね?! そりゃ僕らだってちゃんとした額を聞いてるわけじゃないけど、少なくとも、千円はないよ! もっと! もっとあるから!」
「そうなの?!」
えっ、もしかしてめっちゃすごい?!
「こっわ、これがビギナーズラックってやつ……?」
ワッカは何やら震えている。どうしたの? 寒い?
「いやでも、マジですごいよ花ちゃん。この調子なら思った以上に早くあいつらこっちに戻せるかもだよ!」
「ほんと!?」
ほんとほんと、とワッカは嬉しそうにシャッシャッとそりの底にワックスをかける。このそりは雪原を走るよりも空を飛ぶ方が多いのに、ワックスってそんなに必要なんだ。ちょっと意外。
「私ね、実際に仕事してみるまで、サンタの仕事ってもっと簡単なんだって思ってた。プレゼントっておもちゃ屋さんとかから買うものだと思ってたし」
「そうだよね。普通のサンタのイメージってそうかもね」
「だけど、なんていうのかな、すっごく奥が深いっていうか」
「おっ、言うようになったねぇ、花ちゃん」
「へへー。でもさ、ほんとにそう思うんだよ。『どれどれメガネ』で見える『欲しいもの』の奥に、ほんとのほんとに欲しいものが隠れてるなんて、思わなかった」
でもたしかに言われてみればそうだ。『欲しいもの』にはきっと理由がある。可愛い服が欲しいのは、その服が欲しいだけじゃなくて、それを着て可愛い自分になりたかったり、可愛いねって言われたかったりするからだろうし。ウチのママなんて特にそう。可愛い服を買うのは、パパに「可愛いね」って言われたいからだって、前に言ってた。
もちろん、そんな理由なんかなくて、ただ単に「その服が欲しい!」っていう人もいるんだろうけど。
「でも、それじゃあさ、ここの売り上げが悪いっていうのは、アドじいはそういう、奥にあるプレゼントに気づけなかった、ってことなのかな」
メガネで見える、表のプレゼントだけを渡して、それで終わりにしてるってことなんだろうか。だとしたら、なんか悲しいな。そりゃあ表のプレゼントだってその人が欲しいものには変わりはないんだけど。
膝を抱えて、そんなことをぽつりと言うと、ワッカは手に持っていたワックスを置いて、その代わりに私の手を取った。
「そんなことないよ、花ちゃん。違うんだよ。アディ様はね、むしろ逆なんだ」
「逆?」
「そう、その人の為にって、奥の奥にある『本当に欲しいもの』を渡そうとして、それで、たくさん道具を使ったり、時間がギリギリになっちゃったりするから――」
「道具をたくさん使ったら、使った分だけ引かれちゃうってさっき言ってた」
「そうなんだ。他の営業所はね、その辺上手いんだよ。だって、別に表のプレゼントでも問題はないんだ。道具の使用をなるべく抑えて、手早くぱぱぱっと終わらせた方が、結果として売り上げは良かったりするんだよ」
アディ様、優しいし一生懸命なんだけど、ちょっと不器用なんだよね、と言って、ワッカが笑う。
「でも、そういうアディ様だから、僕達、みんな大好きなんだよ。もちろん
花ちゃんが来てから、アディ様、にっこにこだもん! と話すワッカの顔もにこにこだ。
「アドじい、もっと元気になるかな? サンタ辞めるなんてやめて、これからもプレゼントの配達すると思う?」
「僕はね、そう思う。たぶん、僕だけじゃなくて、レラとフミもそう思ってるよきっと。どんな結果になるかはわからないけどさ。だから、クリスマスの配達、アディ様と頑張ってみようよ。もしかしたら、また花ちゃんの直感でビビビっとうまくいくかも!」
「あはは、そんなそんなうまいこといかないかもよ? まぁ、チャンスはその日だけなんだし、うまくいってくれないと困るんだけどさ」
そう、うまくいってくれないと困るのだ。
チャンスはもうクリスマス当日しかない。こんなことならアドじいがここを閉めるとか言い出した時点で連絡ほしかったよ! ほんといまさらだけど!
なんて、そんなことを言ったって仕方ないのだ。とにかくチャンスは一度きり。ここでアドじいのやる気をぐぐぐーっと引き出して、これからもサンタのお仕事を続けて、それで、この営業所もこのまま残るようにしなくちゃ。
とにかくいまは自分に与えられた仕事をしないと。つまり、トナカイ達の散歩だ。そう考えて立ち上がった。
「花ちゃん?」
「ワッカ、レラとフミを呼んできて。散歩に行こう。クリスマスの日に完ペキな仕事ができるように、みんなとそりの状態をしっかりチェックしておかないと」
ワッカは何だかちょっとびっくりしたような顔をしてから、にぃぃーと口の端を思いっきり上げた。そして、ひっくり返していたそりを戻して雪の上に置き、すっくと立ち上がる。
「よしきた、ご主人様。任せて」
「ちょ、ご主人様って」
「だって何だか花ちゃん、すっごく頼もしく見えちゃってさぁ。もう僕らのご主人様って感じ。いいサンタになるよ、マジで。そんじゃちょっと待っててね」
そう言うと、ワッカは、「レラ、フミ、散歩行っくぞー」と雪の上をさしゅさしゅと音を立てて駆け、
「いいサンタになる、かぁ。なれるかな、私」
色々なことがありすぎるからだろうか、ここへ来てから、何だかずっと心臓がどきどきしてる気がする。アドじいが嬉しそうにしていることも、
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