第9話 絶対にうまくいく。

「羊が……五百七十二匹……、羊が……五百七十三……って嘘でしょ! そんな眠れないことってある?!」


 いい加減イライラして、思わずガバッと起き上がる。時計を見ると、もう二十三時。いつもならとっくに夢の中にいる時間だ。


「どうしよう、明日朝早いのに」


 そっ、と枕元のベルに手を伸ばす。

 別に『呼ぶ=添い寝』とは限らないよね。ちょっと話し相手になってもらいたいだけだもん。

 いや、でもワッカは危険かも。それにフミもちょっと……。あの三人の中で添い寝に反対したのはレラだけだ。てことはレラを呼んだ方がいいのかな? でも、また怒られたりするのかな? それはイヤかも。とすると、フミ? フミはちょっとズレてるけど優しいし、ちゃんとお願いしたら大丈夫かも?!


「よ、よし。フミを呼ぼう。それで、眠くなるまでちょっと話し相手になってもらおう」


 三つ仲良く並んだベルの左端、黄色いリボンが結ばれたものを手に取り、一応夜だし、と控えめに鳴らす。そうしてから、ふと思った。


 勝手に黄色をフミだと決めつけちゃったけど、本当に大丈夫だよね?


 そんなことを考えていると、コンコン、と窓を叩く音が聞こえて来た。てっきりドアから来ると思ったけど、そういやトナカイ達の部屋はこの小屋の隣にある厩舎きゅうしゃだったっけ。そうか、この時間はトナカイになってるのか、とカーテンと窓を開ける。


 と。


「――わぁっ!?」


 ぬぅ、と窓から首を突っ込み、ぶるる、と大きな角を震わせたのは、レラだった。


「あれ? レラ?」


 嘘、黄色がレラだったの?! えーっ、そんなイメージなかったんだけど?!


「あれ? じゃない! 何だこんな時間に! お、俺は添い寝なんてしないからな! ま、まぁ、お前がどうしてもって言うんならしてやっても」

「添い寝してなんて言ってないじゃん」

「だったら何なんだよ。何で俺を呼んだんだ!」

「えっと、実は呼んだのはレラじゃなかったっていうか……」

「ハァ?!」

「う、嘘です! レラを呼んだの! えっと、ちょっと眠れなくなっちゃって、その、話し相手になってくれないかな、って」


 危ない危ない。ここで正直にフミを呼んだなんて言ったら、またネチネチ言われそう。ていうか、そんなことで呼ぶなよって怒られそうでもあるけど。


「……仕方ないな」


 てっきり「話し相手だと?!」と怒られるかと思いきや、意外にもため息混じりの優しい声が返って来た。


ここ開けっぱなしだと寒いから、中に入るぞ。俺が入ったらすぐ閉めろよ」

「う、うん。どうぞ」


 そう言うと、ごつ、と窓枠に前脚を乗せ、ぴょん、と後ろ脚で地面を蹴る。跳び箱の抱え込み飛びみたいだ。それで、すと、と床に着地する瞬間に、パッと人の姿になった。だってトナカイのままじゃこの部屋は狭いから。あっ、もちろんちゃんと服は着てる。トナカイの毛皮というのが、まずそもそも衣服みたいなものだから、人の姿になる時はその毛皮部分を服に変えるんだって。


「とりあえず、お前はベッドに入れ。俺はここでいいから」


 床に敷いた丸いラグの上にどかっと胡坐あぐらをかき、しっしと追い払うように手を振られ、ベッドへ誘導される。わかったよ、ともぞもぞもぐり込むと、「それで、何を話せばいいんだ」といつもの偉そうなレラだ。


「そうだなぁ。いままでで一番変わったプレゼントの話とか」

「わかった。話してやるからちゃんと目ぇつぶってろよ。そんで、眠くなったら寝ろ。聞き逃してもまた教えてやるから」


 口調はいつものレラだったけど、思った以上にすんなりと話してくれて驚く。それに声色がちょっと優しくて、何だかくすぐったい。


「わかった」


 大人しく目をつぶって、アドじいがこれまでに渡してきた色んなプレゼントの話を聞く。普段とは違う、子守唄みたいに優しい声だ。


 もしかしたらレラを呼んで正解だったのかも、と思う。

 ワッカの話は楽しいけど、面白すぎて眠れなくなりそうだし。

 フミは優しいけどちょっとズレてるから、「その話じゃなくて!」って気になっちゃってやっぱり眠れなくなりそうだし。


 私だって一応わかってる。レラは口が悪いだけで、優しいところがちゃんとあるって。


 耳に届くレラの声がだんだん切れ切れになってきて、ふ、と意識が途切れる。ぷす、と軽く鼻が鳴って、慌てて起きた。やば、危うくいびきかくところだった! 寝るにしても、できればいびきとかはマジで勘弁して! 少しでも鼻の通りがよくなりますように、とごしごしこすったり、ぐいぐい揉んでみる。


「やめろやめろ。赤くなるぞ。鼻が赤いのはトナカイだけで十分だ」


 まぁ、あれはそういう歌のやつだから俺らは赤くねぇけど、と薄く笑う。たぶん、トナカイジョークってやつだろう。


「でも、いびきかいたら笑うじゃん」

「笑わねぇよ」

「笑うじゃん。雷神様カンナカムイかと思ったって」

「思っただけだろ。笑ったのはワッカとフミだ。俺は笑ってない」

「そうだっけ?」

「俺は、笑ってない。だから気にすんな。もう寝ろ」


 手を伸ばして、私の頭をなでる。いつもみたいに、髪の毛をぐちゃぐちゃにするような乱暴なやつじゃない。私の前髪の流れに沿って、そのまままぶたにまで触れるような、そんな、うんとうんと優しいなで方だ。


「明日お前は俺達のそりに乗って、明日萌あしも町に行くんだ。それで、理玖りく君のプレゼントを確認して、それを渡す。絶対にうまくいく。大丈夫。だから寝ろ」


 まるでおまじないみたいに、うまくいく、大丈夫、と何度もくり返して、優しくなでてくれる。だんだんと眠くなってきて、またもう一度鼻が、ぷす、と鳴ったけど、今度はもう鼻をこすることもできなかった。


「おやすみ、暖乃のの


 最後に名前を呼ばれた気がするけど、夢だったかもしれない。レラ、私の名前知ってたんだ、と思いながら眠りについた。

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