第5話 変わり者(後)
「兵士の命は奪わない。銃弾や剣はかわして、受け止めるのは矢ばかり……。僕には、彼女が人間を嘲笑っているようには見えないんだ。それよりも何ていうのかな……。あぁ、そうだ。最近読んだ小説に出てきた登場人物にそっくりだ!」
エリスはエメラルドグリーンの瞳を細めて、微笑んだ。
「寒い森の朝、大切な家族のために、暖炉にくべる薪を必死に集めている少女のようだよ。……君は僕の命ではなく〝矢〟が欲しいのかい?」
ジャックは今日、何度も驚かされた。
エリスの眩しい美しさ、アナスタシアの急襲、チャーリーの巨体化、予想をぶっ飛んだエリスの行い。
だが、この瞬間が最も強く驚愕した。
アナスタシアが––––〝きょとん〟としていた。
信じられなかった。
ジャックは何度かアナスタシアを見たことはあるが、赤い瞳はいつも焦点が合っておらず、口内が丸見えになるほど開けていた。
今の彼女はどうだろう。虚空の目にはエリスがくっきりと映り、口は小さな三角になっている。
化け物であるはずの彼女に〝表情〟がある。
『エリス! 訳のわかんないことを言うニャ! さっさと俺に殺らせろニャ!』
「いいや、いけないよ。だって僕は––––」
エリスは膝を曲げて、足元から何かを拾い上げた。
「アナスタシアのことを、もっと知りたいと思ってしまったから!」
「っ!!」
ジャックはもはや声すら出せなかった。
今日1番だと思っていた驚きの記録を、エリスはあっさりと塗り替えてきた。
彼が拾ったのは弓と矢だった。〝もっと知りたい〟と言いながら、それらをかまえているのだ。
エリスが白魔法を使えることは上官から教えられたが、コーネリアで弓の技術を会得したことは町娘たちの噂で知った。
ジャックが我に返るより先に、エリスはアナスタシアを目掛けて矢を放った。
右手に矢の束を抱えていたアナスタシアは、左手でエリスの矢を見事受け取った。
彼女は数回、左手とエリスを交互に見たが、
『あ! 逃げたニャ!』
矢を全て持ったまま、後ろに飛び退いた。獣よりも速いスピードで、黄金に輝く小麦畑を駆け抜けていく。
「アナスタシア!」
エリスが手を振る。
「また会おう! 次は花を贈るよ!」
アナスタシアは立ち止まらなかった。やがて向こうにある森へと消えていく。
(な、何なんだ、この人は……!?)
エリスの言動、行動。何もかもついていけない。
自分が見聞きした全てが夢だったのではないか。そんな馬鹿げた考えさえ過ぎる。
「ねぇ、そこの君!」
ギクリとする。
エリスが馬車の上に座っていた。そして身を乗り出し、キラキラとした眼差しでジャックを見下ろしている。
「名前を教えてくれないか? 僕とチャーリーと、友達になろう!」
(〝ともだち〟?)
ジャックは眩暈を覚えた。
風が起きて、プラチナゴールドの髪がそよそよと吹かれる。あの麗しい毛髪に覆われた頭の中は、一体どうなっているんだ?
少なくともジャックの頭は、完全にエリス=ロビンソンに占められている。
化け物よりも、魔獣よりも、強烈な印象を残す人間って––––。
(このお方、ものすごく美しいが……ものすごく変わり者だった!)
その変わり者に、これからいろんな騒動に巻き込まれていくことを、ジャックはまだ知らない。
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