第二章

第1話 序章

 その日、アナスタシアとミアは夜の炊事当番だった。

 しかし準備の時間になってもアナスタシアは見当たらなかった。ミアが10分ほど走り回ってようやく姉を見つけたのは、濃い夕焼けに染まる孤児院の庭だった。


「アナスタシア、何をしているの!?」

「来るな!」


 ミアはすぐに気がついた。アナスタシアの両手に、ハサミが握られている。


「どうしてハサミなんて……!」

「こんな顔、要らないんだ!」


 アナスタシアが自ら刃先を頬に当てたので、ミアは〝ひっ〟と小さく叫ぶ。


「この顔があるから……ミアと同じ顔だから、私はみんなに嫌われるんだ!」


 放たれた言葉に、ミアの胸に強い痛みが走った。


 ルフトには昔から独特の差別感情がある。〝双子〟に対する異様な嫌悪。2人の人間が同時に産まれること、そして同じ顔を持つことが恐れられていた。


「どうして……何にも悪いことしていないのに石を投げられる! 無視をされる! 孤児院のみんなだって私たちのことを陰で〝悪魔の生まれ変わりだ〟って言ってること、知ってるだろう!? もう嫌だ! ミアと同じ顔でいたくない!」

「じゃあ私の顔を傷つけて!!」


 まるでその声に驚いたようなタイミングで、庭の木から黒い鳥たちが飛び立っていった。アナスタシアは目を見張る。おとなしいミアがこのように大声を出すことは滅多になかった。


「さぁ、ハサミを渡して」

「ミ、ミア」

「ほら、アナスタシアはお姉ちゃんで、私は妹でしょう? きっと後から産まれた私の方が、。だから顔が同じなのよ。私が悪いのよ。だから私が顔を


 震えていた。ミアの声も、ハサミを受け取ろうと伸ばしてきた手も。震えているのに、ミアは笑っている。


「……やだぁ」


 アナスタシアの両目から涙が一気に零れ落ちる。ハサミが地面に落ちた。


「そ、そんなこと言わないで、ミア……ミアは、何も悪くない。悪くないからぁ……っ。う、うわあああん!!」


 その場に座り込んで泣くアナスタシアに、ミアはすぐに近寄った。


「ミア、ごめん! ごめんなさい!」

「うん。大丈夫よ」

「わ、私は何てことを、うああああ!」

「……ねぇ、私たちはまだ幸せな双子なんだよ。だって生きているもの」


 ミアが静かに話し始めた。

 

「双子は産まれた瞬間に殺される子たちが多いけど、私たちは孤児院に捨てられるだけで済んだわ。いじめられるけど、毎日ご飯を食べられるし、屋根のある場所で寝られる。それだけで幸せな方なんだよ。……でも安心して。アナスタシアは今よりも、もっと幸せになれるから」


 姉の背中を撫でながら、


「貴女には、いつか素敵な王子様が迎えにきてくれるから」


 ミアは優しく言った。

 

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