第2話 アナスタシアのところへ(1)
ジャック=フェルトン。
彼がロビンソン家に兵士として仕えたのは、2年前だ。元は農家の生まれで、男ばかりの4人兄弟の次男。家業ではなく兵士の道を選んだ理由は、給料だった。天候によって稼ぎが左右される農業と違い、兵士は金銭面では安定している。兵舎に住めるから家賃も食費もかからず、実家に充分な仕送りが出来た。
第2王子エリスがルフトに帰還する日、ジャックは馬車の御者という大役を命じられた。
これにも理由がある。ジャックが20歳という若さのわりは冷静な判断が出来るという上官の評価と、彼の容姿が整っていたこと。伯爵家の馬車を引くなら美男の方が見栄えが良かったのだ。
「やぁ、ジャック! やっと会えたね!」
「ジャック=フェルトンよ! どうかくれぐれもエリスを頼むぞ!」
『ちっ……』
そんなジャックの目の前には今、自分よりも遥かに身分が高い兄弟と、一匹の魔獣がいる。
今朝、急にルーカスから呼び出しがあり、慌てて青い軍服を着た。生まれて初めて入室した謁見の間に緊張したのも束の間、上座からロビンソン兄弟がスタスタと寄ってきた。エリスには握手をされ、王であるルーカスにはは涙目で懇願され、魔獣のチャーリーには何故か舌打ちされた。
カオスだ。
「エリスがどうしてもアナスタシアの森に行きたいと言って聞かないのだ。そこでお前に一緒に行ってほしい」
(正気か?)
〝そこで〟って何だ。そこって、どこだ。ジャックが心の中で思っていると、チャーリーが口を開いた。
『おい。アナスタシアとかいう小娘は、兵士の大群をほぼ壊滅状態に追いやった奴だぞ。こんな兵士を1人つけたところで何になる? 俺だけで大丈夫だろ』
「駄目だ! ここ1週間、お前とエリスを見てきて、分かったのだ! お前はエリスを守ってはくれるが暴走は止めてくれない! 腹を抱えて笑っているだけではないか! おかげで私はここ最近、ずっと胃が痛いんだぞ!」
『だって
ニタリと笑うチャーリーに、ジャックは〝悪友〟という文字を思い浮かべる。彼らはたった1週間のうちに何をやらかしたのだろう。
『こんな細っちょろくて弱そうな男が来ても邪魔ニャ。もっと別の仕事に使え。税金を無駄にするニャ』
「お前の口から〝税金〟と聞かされると、妙に腹が立つな……」
『とにかくマジで弱い奴は要らん』
「いや、いくら弱くても監視役は必要だ! お前はエリスだけでなく、この兵士も守るのだぞ!」
『はあ!? どうして俺が弱い人間を守らなきゃいけニャいんだ!?』
「弱い人間だからこそ守るのだろう!?」
(〝弱い弱い〟って言い過ぎだろう……)
その冷静さゆえに一切顔には出さないが、ジャックは少しイラッとしてきた。いくら何でも失礼すぎないか。しかもルーカスとチャーリーの言い合いは平行線で、いつまでも話が進まない。数えきれないほど〝弱い〟と連呼される。
不毛と忍耐の時間がしばらく続いた頃、傍観していたエリスがジャックの肩に手を置いてきた。
「ははは。兄様たちはすっかり仲良しになったね」
そう言いながら、耳元に口を近づけてくる。
そして、
「安心して。君は最後まで連れて行かない。途中の町に置いていく」
と、囁いた。ジャックの黒い瞳が揺れる。
「それではルーカス様の命令が……」
「兄様は、僕が上手く誤魔化すよ」
「……何故ですか?」
「君と友達になりたいからさ」
エリスがニコッと笑った。
「友達になりたいのに、もし万が一死んでしまったら悲しいからね。だから君は安全なところに残していくよ」
「…………」
ブチッ。
〝イラッ〟が〝ブチッ〟に変わったのを、ジャックは認識する。
エリスに悪気は無い。むしろ心配してくれている。しかしこんなにも無邪気に弱者扱いされると、さすがに見逃せないものがあった。給料で選んだ仕事とはいえ、兵士としての矜持はあるのだ。
「大丈夫だよ。帰りはちゃんと君を迎えにいくから」
「我が王、ルーカス様。その命、謹んでお受けします」
エリスの言葉を遮って、ジャックは言い放った。
「え?」
「おぉ、ジャックよ!」
『はぁぁぁぁ?』
ポカンとするエリスに、感嘆するルーカス、嫌そうに叫ぶチャーリーと、またもや三者三様の反応をする。
「お前の勇敢さ、私は嬉しいぞ!」
「はい。必ず最後までお供させていただきます」
後半を強調して答える。王の命令を断れるわけがない気持ち半分、このままコケにされて引き下がりたくない気持ち半分だった。
「もしもの時は、エリスの頬を引っ叩いてでも止めてくれ! 私が許す!」
『おい顔はやめろ! 顔の良さは、エリスの数少ない長所だぞ!』
「人の弟に何てことを言うんだ!?」
この後、チャーリーはルーカスに不満を訴えたが、エリスはジャックの件を肯定も否定もしなかった。ただどこか不思議そうにジャックを見ていた。
化け物と変わり者 麻井 舞 @mato20200215
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