第4話 変わり者(前)

「待ちたまえ、チャーリー! 彼女を殺してはいけない!」


 高らかな声がした。


 名を呼ばれたチャーリーが後ろを向く。呼ばれていないジャックも振り向いた。するとそこにはとんでもない光景が広がっていた。


「エリス様!?」


 何と馬車の中で座っていたはずのエリスが、馬車の上に立っていたのだ。しかも腰に手を当てて、堂々と。


(この馬車は屋根の一部が開けられるようになっている。梯子も設置されているから、それを使って登ったのだろうが……何をやっているんだ、あの人は!?)


 ジャックは叫んだ。


「今すぐ馬車の中に戻ってください!」

「我が友、チャーリーよ! そこにいる兵士の言う通りだよ! 君は体調を崩しているのだから、中に戻って休みたまえ!」

「いや、私はエリス様に言っているんですが!?」


 思わず声が荒くなった。

 アナスタシアの足なら、馬車に飛び乗ることなど容易いはずだ。エリスは格好の的にいる。


(あの人では、アナスタシアには勝てない!)


 ロビンソン家の王族は魔女の加護を受けており、魔術を使える者が複数いる。エリスが使用できるのは白魔法の〝治癒〟だけだと聞かされている。戦闘向きではないのだ。

 

「こいつの狙いはエリス様です! もしも貴方の身に何かあったら、兄であるルーカス様がどれほど悲しむか!」

「彼女の狙いは僕なのだろうか?」

「え?」


 エリスがくるりと辺りを見渡した。落ちれば怪我をする高さなのに、ダンスでもするような軽やかな足取りだった。

 東西南北を一周して、再びジャックたちの方へ目線を戻してくる。


「やぁ、アナスタシア! 初めまして!」


 エリスは微笑んだ。


「僕の名はエリス=ロビンソン。出身はルフトなのだけれど、訳あって子供の頃から隣の国で暮らしていた。だから君のことは、今日初めて知ったよ!」

(ア、アナスタシアに話しかけている!?)


 アナスタシアに出会った者の反応は4つのパターンに決まっている。逃げるか、泣くか、戦うか、気を失うか。エリスはどれにも当てはまらない。彼のよく通るハキハキとした声音は怖がるどころか、むしろ楽しそうでさえあった。


「ねぇ、教えてほしいんだ。アナスタシアの目的は、本当に僕なのかい?」

「アナスタシアは1度、伯爵様の屋敷に侵入したことがあるのです!」


 アナスタシアを警戒しつつ、ジャックは説明する。


「そして伯爵家の〝秘宝〟を盗みました!」

「秘宝? それは何だい?」

「分かりません。伯爵家が公表していないからです。とにかく伯爵家を狙っている可能性があります! ですから馬車の中に避難を!」

「ところでアナスタシアはどうして、そんなにたくさんの矢を持っているんだろう?」

「私の話を聞いていますか!?」

「もちろんだとも! しかしすまない、あの矢が気になって仕方がないんだ!」

「〜〜っ! 人間が放つ矢など、素手で容易く受け止められる。そういう風に自分の力を示したいのですよ!」

「力を示すのなら兵士を殺すのが1番だ。でも恐らく、1人も死んでいないよ」


 エリスが目線を送った先は、倒れている兵士たち。

 確かに出血している者は、ジャックにも見当たらなかった。よく目を凝らすと、起きあがろうと身じろぎしている者もいる。

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