化け物と変わり者

麻井 舞

第一章

第1話 序章

 とある西の大陸に、数十もの領国が乱立する地域があった。

 そのうちの1つ〝ルフト〟は、ロビンソン伯爵家が領主として治めていた。


 この年の春、当主ジョージア=ロビンソンと妻のセラフィーナの間に5人目の子供が産まれた。

 めでたい日だった。


「産まれたのは〝お姫様〟みたいよ」

「えぇ? 女の子なの?」


 全てのルフト民が祝福する日である––––はずだった


「これで5のお姫様じゃない!」

「今度こそは嫡男が産まれると、期待されていたのにね」


 ここはロビンソン家の屋敷の一室。ロビンソン伯爵家に仕えるメイド2人は、同時にため息を吐いた。


「今夜は生誕祭の準備をするから屋敷中をピカピカにするようにと命じられたけれど……。何が生誕祭よ。本当はみんな内心でガッカリしているわよ」

「そうねぇ。いつもより2時間も早起きして掃除しているのに、何だか損した気分」


(ひどい……)


 窓を拭きながら、は心を痛めた。ちらりと隣を見ると、バケツの水で雑巾を洗っていると目が合う。彼女も悲しげな表情を浮かべていた。


(あぁ、ミアも同じ気持ちなのね)


 お姫様が可哀想だ。せっかく産まれたのに、女というだけで誰にも喜ばれないなんて。


「嫡男がいないのに、ロビンソン家の今後は大丈夫なのかしら?」

「また婿養子を頼りにするんじゃない? ジョージア様だって婿養子だし……って、あんた達! 手が止まっているわよ!」


 急に怒られて、アナスタシアとミアはビクッと震える。


「うわ、やだ。って反応まで同じなのね」

「本当に気味が悪いわね。この世に同じ顔が2つもあるなんて、まるで魔女が使う奇妙な魔法みたいだわ」


 アナスタシアとミアは一卵性の双子姉妹だ。

 共にメイド見習いで、年齢は14歳り茶色の長い髪をおさげに結い、白と黒の質素なメイド服を着ている。


 ルフトでは双子は忌み嫌われている。〝5人目のお姫様〟とは比べものにならないくらい疎まれる存在だった。


「はぁ。いつまでこんな双子の教育係をしないといけないのかしら?」

「いよいよ転職を考えた方がいいかもね。ロビンソン家に未来があるかどうかも怪しいし」


––––その時だった。


 部屋のドアが外側からノックされた。

 メイドたちのお喋りがピタリと止まる。

 返事をする間もなく扉は開かれた。そこに立っていたのは屋敷の者なら誰もが知る人物––––セラフィーナの専属侍女を務める女性だった。


「まぁ、いかがされましたか?」


 メイドが緊張した面持ちで尋ねると、女性はキツネのように細い両目をキョロキョロと動かした。


「ここに双子の者たちがいますね?」

「は、はい。机の向こうに」


 女性はやや早い足取りでアナスタシアとミアの前まで来た。2人は慌てて背筋を伸ばし、深く頭を下げる。


「そなたたちに話があります。ついて来なさい」


 女性は淡々とした口調で告げると、踵を返した。双子は不思議そうに互いの顔を見合わせたが、すぐに女性の後を追っていく。

 扉が閉まり、足音が遠ざかるのを確認すると、残されたメイドたちは再び口を開く。


「何だったのかしら?」

「さぁ?」

「あのお方って、メイドの人事も担当していたわよね? もしかして双子を他の仕事に移してくれるのかしら?」

「はは。あの2人、鈍臭くて役に立たないしね」

「いなくなると清々するわ。双子なんかに関わりたくないもの」



––––彼女たちの要望が、叶ったのだろうか。


 双子のメイドたちはこの日を境に、2度と姿を現さなかった。


 その翌年のこと。


 セラフィーナは待望の長男、ルーカスを授かった。

 さらに3年後には、次男となるエリスを産んだ。


 これには国中の者たちが喜び、あちらこちらで祝いの祭が開かれた。

 2人の王子の誕生は、ロビンソン伯爵家とルフト国に多大な幸せをもたらしたのだった。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る