年末

 私は電車で通勤する。十分ほど揺られ、終点の一つ前で降り、五分ほど歩いて塾に行く。

 その日は大晦日だった。

 電車の中は驚くほど空いていた。一つの車両に一人二人しか乗っていない。もともと田舎の私鉄で、二両編成だから、三、四人のためだけにこの列車は動いているということになる。なんとも贅沢なお話しだ。

 車窓は年の瀬の朝の陽ざしに輝いていた。なぜかいつもよりも白っぽく見えたのは、おそらく心象風景というやつなのだろう。大晦日という言葉の響きに特別感を見出した私の心が、勝手に美しさを足しているのだ。

 塾に来る子どもたちは、この特別感を感じているだろうか。

『――まもなく、日和町、日和町――』

 私は膝の上に抱えていたリュックを背負い直して、電車を降りた。

 大晦日の空気は澄み切っていて、いつになく清々しい匂いがした。

 今日が終わって新年を迎えても、明日の同じ時間にまた私はこの道を歩いて塾へ行く。子どもたちも同じだ。今年を終えて来年になっても、同じ時間に同じ場所へ行き、同じような勉強を積み重ねる。受験本番はそろそろだ。休んでいる暇などない。

 聞くところによると、親が代わりに初詣に行って、子どものために「学業」や「必勝」のお守りを買ってくるらしい。お守りは人から貰ったほうが御利益があるというから、それはそれで正しいのかもしれないけれど。

 道すがらいつものようにコンビニに立寄ると、腕に痣のあるいつものおばさんがレジにいた。私はなぜか心の底からほっとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る