人間というものは分からない

 同期のアルバイターの中に、簑島、という男がいた。

 彼は個性的な服装を好んでいた。赤と黒のチェックズボンに、大口を開けて威嚇しているリアルな熊がプリントされた真っ黄色のシャツをだぼっと着て、凶器みたいな銀のペンダントをジャラジャラと言わせているような人間だった。

 私が勤めていた塾は個人経営で、服務規程はたいそう緩かったのである。塾長にさえ気に入られてしまえば、どんな格好だろうと何も言われなかったのだ。

 つまり、彼は塾長に気に入られていたのである。

「お昼一緒に行くー。どこに行くー? 駅まで出るー?」

 冬期講習の間、毎日一日中シフトが入っている私たちは、毎日一緒に昼を食べた。私は同僚との交流を好まない人間であったし、どちらかというと昼は一人で静かに食べたい派であったが、来る者を拒むほどの情熱も持ち合わせていなかった。一方簑島は“拒まれようが行く”人間だった。一人で飯を食うのが苦手なんだー、といつだったか言っていたような気もする。

「昨日と同じところでいいですか?」

「いいよー。冬期講習中に全メニュー制覇できそうだねー」

 ぽわぽわした調子で喋るこの男が、存外教えるのが上手いのだ。同じ教室にいる時、授業の様子を聞くともなしに聞いていると、それがよく分かる。話が上手い。雑談が上手い。雑談から勉強へ繋げるのが上手い。第一印象からは想像もつかない才能である。

「今さー、羽柴さんインフルで休んでるでしょー」

「そうですね」

 羽柴という人も同期だった。真面目で堅物、嘘偽りなく誠実な仕事をする人間、そういう印象を与える立ち居振る舞いの人だった。彼女が簑島と付き合っていることは公認の事実である。

「あれね、嘘なんだー」

「……え?」

「実はねー、羽柴さんね、こっそり巫女さんのアルバイトしてるんだ」

「はぁ……」

「あの子の家、クリスチャンなのにねー」

「え?」

「ほら、巫女さんって年齢制限あったりするでしょー? やるなら今しかないって思って、それでやってるんだってさー」

「……そうなんですか」

 意外だな、という感想以外出てこなかった。まったく何もかもが意外だった。

 インフルエンザだと偽って、この忙しい冬期講習を脱け出して、巫女さんのアルバイトをしているなんて。しかもクリスチャンなのに――いや、信仰に関しては何も言うまい。クリスマスを祝ったその足で初詣に行く民族であることを、私は少し誇りにすら思っている。羽柴がどう思っているかは知らないが。

「まぁ、巫女さんのバイトに憧れる気持ちは理解できますね」

「でしょー?」

 秘密にしといてね、とかそういうことを簑島は言ってこなかった。

 私がもしこのことを塾長などに告げ口したら、彼は意外に思うだろうか。意外に思ってくれるのなら、あえてそうしてみたいという気になった。

 見た目通りの人間でいることは、我慢の連続である。

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