バカみたいに幸せ

 やがて、回復したカルメが憎まれ口を叩いた。

「なんだよ。口じゃなくていいのかよ」

 再び唇を奪われれば心臓が破裂するほど狼狽えるだろうに、一旦キスが終われば無駄に強気なカルメだ。

「だって、カルメさんの心臓がもたないでしょう」

 ログが、仕方がないな、とでも言いたげに笑う。

「もつよ……多分。というか、ログ。敬語に戻ったな」

 自分で話を振っておいて恥ずかしくなったのか、カルメは慌てて話題を逸らす。

 すると、ログは苦笑いを浮かべた。

「どうにも、俺も緊張していたみたいですね。平静を失っていたといいますか」

 照れくさそうに頭を掻いている。

「動揺すると、敬語じゃなくなるもんな。そもそも、どうしてログは敬語なんだ? 私は、ログが敬語じゃなくても……いや、やっぱり駄目かも。その、嫌じゃないんだが……」

 カルメはログに普通の口調で話されると、どうしようもなく照れてしまう。

 ログのカッコよさが強調されるようで、行き場のない愛おしさがこみあげて体に溜まっていく。

 それがどうにも消化しきれなくて、真っ赤になって悶えてしまうのだ。

『敬語じゃないログと普通に話せる気がしないもんな』

 内心、ため息を吐く。

 今できたカルメの小さな夢は、いつかログと普通の口調で話をし、ログの目を見てキスをして、ついでに顔をガン見しても大丈夫になることだ。

 多分、無理だろうが。

「元々は、カルメさんに馴れ馴れしくなりすぎないためでした。あの頃は嫌われてたから、あれ以上嫌われるのは避けたかった」

「ログ……でも、今は」

 寂しそうなログに罪悪感を刺激され、胸がちくりと痛んだ。

「わかってます。もう傷ついてないですって。今は、暴走しないためです」

「暴走?」

 爽やかに笑うログの言葉が理解しきれず、カルメは首を傾げた。

「そう、暴走です。俺はカルメさんが自分で思っている以上にカルメさんが大好きで、きちんと己を律していないと、色々したくなってしまうのです」

 ログはカルメから視線をそらしており、瞳は憂いで満ちている。

 しかし、そう言われても、カルメにはよく意味が分からなかった。

『色々ってなんだ? ちゅーとか? 別にしてくれてもいいのに』

 カルメは、ログが自分にとって嫌なことをするとは思っていない。

 もっと言えば、カルメはログのすることによって本気で辛い目に遭うだなんて思っていなかった。

 先程のキス騒動だって、恥ずかしいだけで決して嫌ではないのだ。

「恋人繋ぎとかか?」

 首をひねったまま、カルメが適当に「色々」の内容を口にした。

 恋人つなぎとは、手を繋ぐときに互いの手を絡ませる状態のことを示す。

 カルメは恋人つなぎの存在を知った時に興味を覚えたが、なかなか実行できなかった。

「ま、まあ、それも入る、かなあ?」

 カルメの可愛らしい答えに動揺し、ログは再び敬語が抜けてしまった。

 ログが一応頷くと、カルメはふむ……と、絶対によく分かっていなさそうな態度で、何かを考えるような素振りを見せた。

 そんなカルメに、ログはふんわりと微笑んだ。

「よく分かってないでしょう。まあ、それでもいいです。恋人になった俺は、なんだか随分と我儘になってしまったみたいで、気を付けないといけなくなったんですよ。二度と傷つけないために」

「そうか。なあ、ログ。気を付けるのは辛いか?」

 よく分からないながらも、カルメが心配そうに尋ねると、ログは即座に首を振った。

「いえ、それがわりと辛くはないんですよ。大切な恋人のためだからでしょうか? それに、色々はできなくても、抱き締めたり、キスをしたりはできますから。それで十分だったりもします」

 爽やかなログに嘘や偽りは見られない。

 その姿を見てカルメは安心すると、優しく微笑んだ。

「そっか、辛くないんだったらいいんだ。辛くなったら言ってくれよ。甘やかすから」

「ありがとうございます」

 ドヤッと笑うカルメに、ログも嬉しそうに笑って頷いた。

「そう言えば、ログ、私がボーッとしているのをいいことにいっぱい、ちゅーしただろ」

 穏やかな空気が流れる中、不意にカルメがログを睨んだ。

「あれ? 気づいていたんですか?」

 ログは明らかに惚けており、そこには揶揄いも混じっている。

「当たり前だ!」

 カルメが軽く怒ると、ログはおかしそうに笑った。

「なら今度、昨日俺にしたみたいにキスをしてもいいですよ」

 余裕ありげなログに、カルメはムッと口を尖らせる。

「だって、それじゃ、全然ログは平気だろ。私ばっかり恥ずかしがっているみたいだ」

 照れと甘い怒りで目元を染めると、ログは苦笑いを浮かべて頬を掻いた。

「そんなことないですよ。俺だってドキドキしますし。それに、カルメさんが正面から甘やかされるのが恥ずかしくてたまらないみたいに、どうやら俺はカルメさんに後ろからこられるのが恥ずかしいみたいです」

 照れがちなログの顔はほんのり赤い。

 その姿を見たカルメは、ふと先日のログの姿を思い出す。

『ログ、私をおんぶしている時は、確かにいつもと様子が違ったかも』

 昨日でなくても、おんぶをしてくれたログはカルメの言葉に普段よりも動揺していて、彼女が抱き締める力を強めたり、うなじや背中に顔を埋めるとビクリと肩を跳ねさせた。

 また、敬語が取れることも多かった。

『ログ、かわいいな』

 想いが瞳に反映されて、意図せずカルメの瞳は甘くなる。

『私が弱みを見せると、ログも自然と弱さを見せてくれる。あの日、私がそうしたいって言ったからかな』

 カルメを甘やかすログは、ログを甘やかしたいカルメを受け入れた。

 カルメが不安を吐露したり弱さを見せれば、ログも偽らざる自身の弱さを教えてくれた。

 キスをされたらし返して、愛をもらったらそれを返した。

 それを何度も続ける二人の愛は永遠で、尽きることがない。

 どちらか一方がもう一方を支え続けているわけではないその在り方は、どこまでも対等で、優しさに溢れている。

『ログが私のどうしようもない情けなさや弱さを、不器用さを愛おしんでくれるように、私もログの弱さを愛したい。ログはかっこ良すぎるから、私みたいな情けない弱さなんてあるのか分からないけれど』

 胸中で惚気つつ、あの日湖の畔で思ったことを、再び強く願った。

「ログ」

 そっとログを呼ぶと、

「どうしましたか?」

 不思議そうに首を傾げるログが見えた。

「いつか、かっこ悪い姿も見せてくれ」

 ポツリと頼むと、ログは嫌そうに顔をしかめた。

「ええ……嫌ですよ。俺は、カルメさんにはいつでもカッコイイと思ってもらいたいですから」

 拗ねたような顔で文句を言うログの姿を、カッコイイというよりはかわいいと感じて、カルメはクスクスと笑った。

「でも、知りたいんだ。私ばっかり、かっこ悪かったり、可愛くなかったりするのも嫌だしさ」

「カルメさんは、いつでも可愛いですけどね」

 ログは、ふわふわとカルメの頭を撫でた。

 すると、カルメも無言でログの頭を撫で返した。

『ログもいつでもカッコイイよ』

 胸中で呟く。

 ありのままのお互いを愛しあって、二人はゆっくりと道を歩んでいく。

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ひねくれカルメはログの溺愛が怖い……はずだったのに! 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿中 @SorairoMomiji

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