大胆な貴方に甘い仕返しを

 ログの背に揺られながら淡い眠気を感じる。

居眠りを防止するため、ログの頭を撫でた。

『せっかくログにくっついているのに、寝たらもったいないな』

 少し伸びてきた髪の毛を掻き上げて、綺麗な白いうなじを露出させた。

『ここになら、アレができるかも』

 カルメは目を瞑って、そっとうなじに唇を付けた。

 キスをした。

「カルメ!?」

 ログは驚きすぎたのか、思わずカルメを呼び捨てにして叫ぶ。

「何?」

 カルメはドコドコと鳴る心臓を押さえつけ、平静を装って返事した。

一方、ログは一切動揺を隠せず、

「い、今、何をしたの?」

 と、余裕のない様子で問いかける。

「…………ちゅー」

 キスの恥ずかしくない言い方が分からず、結局カルメは、なかなかに恥ずかしいキスの別名「ちゅー」を使って答えた。

「待って、本当に油断した。油断しました」

 ログの耳元が赤く染まっていく。

触れている箇所からログの体温が上がっていることを感じて、カルメは口の端をあげた。

 カルメからは確認できないが、ログはさぞ狼狽えて顔を赤く染めているのだろう。

 もしかしたら恥ずかしさが限界突破して、瞳を涙で潤ませているかもしれない。

『かわいい。もう一回、したい』

 カルメはログへの愛おしさで頬を染め上げ、ドロリと愛の溶けた目で赤く染まるうなじを見つめた。

 そして、カルメは悪戯っぽく笑うと、

「ねえ、ログ、もう一回」

 と、非常に甘えた声で強請った。

「ええ!? うーん、わ、分かりました。い、いいですよ。もう心の準備はできたので」

 許可を得たカルメは、今度はログの耳の後ろあたりにキスを落とした。

「カルメ!?」

「いいって言っただろ」

 ある程度予想していた反応が返ってきて、カルメは上機嫌に笑った。

「うなじだと思ったんだよ! フェイント入れないでくれよ」

 ほんのり赤みがかっていたログの耳は、今は真っ赤に染まっている。

『ログ、焦ると敬語が取れるんだな。かわいい』

 新たなログの発見に、カルメはホクホクと嬉しくてたまらなくなった。

「ログ、顔が見たい」

「今は駄目です」

 はっきりと言うと、ログはサカサカと早歩きを始めた。

 あまりにも照れてしまって心臓がもちそうにないので、さっさとカルメを自宅に帰すつもりらしい。

 そのあまりの慌てぶりがおかしくて、愛おしくて、カルメはもう一度うなじにキスを落とした。

「カルメさん!」

 余裕がなくなったログの言葉は咎めるようだが、カルメは熱に浮かされたままトロンとうなじに顔を埋めて笑った。

「今度はちゃんと、うなじにした」

「い、いや、だって、聞いてな……カルメさん!」

 衝動的に、カルメは何度も口づけを落とした。

 その度にログが小さく震える。

 あたりが夕日に染まるが、それよりもなお、ログの肌の色の方が赤い。

『あったかくて、安心して、かわいい。ずっとこのままがいい』

 カルメが揺れないよう配慮しながらも急いで家へ向かうログに反し、彼女はそんなことを胸中で呟いた。

 あっという間に着いてしまった自宅の前で、ログはカルメを下ろした。

「明日は、覚悟してくださいね」

 真っ赤な顔で、けれどはっきりと宣言すると、ログは逃げるように去って行った。

 カルメも、ログの顔を見た瞬間に自分のしたことが恥ずかしくなって、彼がいなくなった瞬間に自宅に逃げ帰り、ベッドの中で丸まって悶えた。


 「カルメ背後からキス事件」の翌日、カルメとログは、彼女の自宅近くにある湖の畔でイチャついていた。

 カルメはログに身動きができないようがっちりと抱き締められ、頬や額に何度もキスを落とされては真っ赤になって震えた。

 その瞳は羞恥と愛しさで満ちており、目の端には揺れる涙が浮かんでいる。

「ログ! 止めろって、ログ。恥ずかしいって言ってるだろ! なあ!」

 ついキツイ言葉でログを怒鳴りつけるが、それがただの照れ隠しであることを知っている彼は、愛の溶けた瞳を細めてカルメの額にキスを落とした。

 キスをした瞬間、カルメは恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに顔を綻ばせるのを見て、ログは余計に笑みを深くした。

 色っぽく笑むログを、カルメはキッと睨みつける。

「恥ずかしいってば。心臓の音、聞こえてるんだろ?」

「くっついていますから、分かっていますよ」

 嗜虐的に口角を上げて抱きしめる力を少し強めると、カルメは狼狽えてギュッと体を強張らせた。

 頬は燃えるような赤で、羞恥に燃えながらも、ほんの少し期待するような、やっぱりやめてほしいような瞳でログを見つめている。

 その姿を見て、ログは悪戯っぽく笑った。

「俺だって、昨日はかなり恥ずかしかったんですよ。カルメさん、昨日俺に何度キスをしたか覚えていますか?」

 そう問われて、羞恥に満ちた昨日の記憶に思いを馳せる。

 しかし熱に浮かされていたカルメは、正確に何度キスをしたかなんて覚えてはいなかった。

「お、覚えてない。いっぱい、だとは思うけど」

 頼りなげに言うカルメに、ログは一瞬遠い目をして、

「十九回です」

 と、はっきりと答えた。

「ログ、数えてたのか!? そうか、あと一回で二十回だったのか」

 あと一回くらいキスしておいた方が、キリが良かったかな、なんて思うカルメを、ログは甘く睨んだ。

「俺はカルメさんにされた分だけキスを返そうと思ったんですが、二十回でもいいんですよ」

 にっこりと笑うが、その笑顔は少し黒い。

 カルメは慌てて首を振った。

「い、いいよ。十九回でいい。ていうか、私、今日ログに何回ちゅーされたかなんて覚えてないぞ」

 羞恥心に身を焦がしたカルメは、文句を言いつつもログのキスを受け入れ続けた。

 しかし、その思考は恥ずかしさと愛おしさで埋まってしまい、ログがカルメに何度キスをしていたかなどは全く記憶してはいなかったのだ。

 むしろカルメの感覚的には、もう既に二十回以上キスをされている。

「……五回です」

 ログは目を逸らして答えた。

「嘘だろ! もっといっぱいしてた」

 五回は鯖読みし過ぎである。

 カルメは真っ赤になって訴えるが、

「いいじゃないですか」

 と、完全に開き直った彼の笑顔は黒い。

 カルメが正確な数を覚えていない以上、ログの方が有利であることには間違いが無かった。

「よくない!」

 カルメは真っ赤になって叫び、両手で顔を覆い隠した。

『なんでこんなに恥ずかしいんだろ。昨日はもう少し平気だったのに』

 そう思いつつ、両手の隙間からログの顔を盗み見た。

 ログの瞳は柔らかく揺れて、その奥底が悪戯っぽく笑っている。

 少し細められた瞳は強い熱を持っていて、鋭くカルメの心を貫いて溶かすようだ。

 ふと、目が合ってしまった。

 ログの瞳がにっこりと笑う。

 その瞬間にカルメはどうしようもなく恥ずかしくなって、ログの胸元に頭をぶつけた。

 それをいいことに、ログがカルメのつむじの辺りにキスを落とす。

「ログ!」

「はい、六回目ですよ」

 カルメが睨むと、ログはふっと笑った。

 その途端、恥ずかしさと愛が心の中に溢れて、カルメはログから顔を背けた。

 心臓がマッハで震え、胸が痛い。

『この、ログの顔が、だめなんだ。好きすぎるんだ。昔はそうでもなかったのに。いや、違うか。私がちゃんとログを意識して見ていなかったんだ』

 以前のカルメはログと目が合うことはあっても、顔を見ることはあっても、その顔を今のように意識して見てはいなかった。

『あの頃の自分が、もっと早く、ちゃんとログの顔を見ていたらどうなっていたんだろう』

 今更、知りようもないのだが、不意にそんなことが気になった。

 カルメが一瞬気を抜いていると、ログがカルメの頬に手を差し込んで、優しく、けれど強引に彼の方へと向かせた。

 そしてカルメが意識する前に、彼女の鼻の頭に口づけをした。

 ブワリと体温が上がり、染まりきった顔がさらに赤く、熱くなる。

 もはや、カルメから言葉は出なかった。

 唇は何か言いたげに震え、涙目になり、真っ赤な顔のまま両手をギュッと握り込んだ。

「カルメさん、油断しちゃダメですよ」

 ログの瞳はどうしようもなく甘くて、色っぽい声はカルメの鼓膜を揺さぶった。

 カルメはどうしようもなく恥ずかしくなって、今すぐこの場から逃げ出したくなると同時に、何か仕返しをしてやりたい気持ちになった。

 散々恥ずかしい思いをしたカルメは、ログへ対抗心のようなものを燃やし始めていたのだ。

『私だけ恥ずかしいとか……!』

 そもそも昨日の夕方、一人だけ恥ずかしい思いを味わったのはログも一緒なのだが。

 若干ヤケにもなっていたカルメは、涙に満ちた可愛らしい丸い目でログをキッと睨むと、

「ログ!」

 と声をかけて、彼の両頬を両手で包み込んだ。

 そして、驚いて丸くなるログの目を見ずに、唇を優しく重ねた。

 数秒の時が永遠にも感じて、一瞬で羞恥に満ちたカルメは、一、二秒が経つとログの唇を離した。

 そして、すぐにログから目線を外した。

 血液がガンガンと乱暴に全身を巡り、心臓は踊り出すように暴れている。

『恥ずかしすぎる! でも、私だってこんなに恥ずかしいんだ。ログだって恥ずかしがってるはずだろ!!』

 意を決してログの顔を見ると、ログはキョトンと驚いたような顔をした後に、すぐに瞳をドロドロに溶かした。

 口元のにやけが抑えられないようで、終始ニヤニヤしている。

「カルメ」

 ログが口元を歪めてカルメの名前を呼ぶと、謎の危機感がカルメを襲った。

「なんだよ」

 もはや自分の感情が分からず、カルメはぶっきらぼうに言葉を出す。

 すると、ニヤニヤとしたログの歪んだ唇から、甘い、甘い声が零れ落ちた。

「カルメ」

「だから、なんだってば」

 もう一度ぶっきらぼうに言うと、ログはカルメの瞳をじっと見つめた。

 歪んだ口元からは、甘さを含んだ意地悪な問いが出される。

「カルメ、俺の口にキス、したかったの?」

 そう問われた瞬間、カルメの頭は沸騰したようになり、ポコポコポコと湯気が上った。

 今なら、カルメが作り出した氷も、一瞬で蒸発するかもしれない。

 今日はずっと熱くて赤いカルメの顔面だが、トドメを刺されたせいで、いい加減、壊れてしまうかもしれない。

 ログに問われたことは図星だったのだ。

 カルメはログに「自分のやりたい甘やかし」の話をされた時からずっと、ログの唇に直接キスがしたかった。

 しかし、好きすら言えない、可愛いやカッコイイだってまともに言えないカルメにはハードルが高すぎた。

 いつもこっそりと機会を探ってはいたのだが、ログの顔を見てしまえば、その瞳を覗いてしまえば、カルメはどうしようもなく赤くなってしまった。

 そして、やっとできたのは、ログに後ろからそっとキスをすることだった。

 カルメが真っ赤な顔で口をパクパクさせていると、ログはふんわりはにかんだ。

「俺は、ずっとしたかった。でも、カルメがそういうのを嫌がったらどうしよう、もしも傷つけてしまったらどうしよう、と思うとできなかった」

 そう言って、カルメの頬に口づけた。

「カルメの唇を直接奪いたい、そう思いながら、カルメの頬にキスをしたんだ。なあ、カルメ。教えてくれないか? カルメは俺に意地悪をするために、唇を奪ったのか? それともキスがしたかったのか」

 ログの瞳に心を奪われて、カルメはログから目を離せなくなった。

『その目は反則だろ!!』

 歪む瞳はどこまでも甘いのに、その奥底では不安が揺れている。

 カルメの意図を理解しきれず、不安と期待の狭間にいるログは願うようにカルメを見つめており、その切なる訴えは、直接、彼女の心臓に届いて刺激した。

『不安な顔するなよ。安心させたくなるだろ!』

 カルメは震える唇を開く。

「そうだよ! 私はずっと、キ……ちゅー、したかったんだ。恥ずかしくて難しかったけど!」

 カルメはキスが言えない。

 理由は恥ずかしいから。

『ちゅーの方が恥ずかしいと思うけど』

 ログは心の中でちょっと笑うと、そっとカルメの唇を奪った。

 ただ唇を重ねるだけのキス。

 けれどそれはずっと長く続いた。

 顔を真っ赤に茹らせ、鼓動をドッドッドッと早め、両目をギュッとつぶって、それでもカルメはログから顔を離さなかった。

 拒絶したくなかったから。

 そして、何よりも、カルメがログとキスをしたかったから。

 カルメが、ぽーっとしている内にログはそっと唇を離して、それから頬に、額に、キスの雨を降らせた。

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