解答編🎅サンタクロースの謎
鍵を握っているのはたぶん、お兄ちゃんです。
私は今までに聞いたお話を、時系列に直して思い返してみました。
小学四年生の時、学校で馬鹿にされてしまったお兄ちゃんは、「サンタなんかいない」と言い始めて、幼稚園児だった弟にも影響を与えてしまいます。
でもご両親は、その年もサンタさんからのプレゼントを、当初の計画通りにあげたんでしたね。
去年のちょうど今頃、五年生になったお兄ちゃんは、塾へ行く途中に百円ショップへ寄り道をして、お母さんに天使のオーナメントをプレゼントしました。
そしてその年のイブの夜、自分の部屋の窓の外に、赤い服を着た人がいるのを目撃して、再びサンタクロースを信じるようになります。
その後にお母さんが、庭で赤い帽子を発見。
捨てたはずが、お兄ちゃんにも見つかってしまったとのこと。
「窓の外を確かめた時、お兄ちゃんは乗り気で、こう言ったとおっしゃいましたよね。『すごく慌てて逃げて行ったから、何か落としているかも』って」
「ええ。私じゃなくて弟にですけど、そんなことを言って、率先して自分で窓を開けていました」
「赤い帽子を見つけた時も、大喜びだったとか」
「そうなんです。弟にもわざわざその帽子を見せて、来年はお前も会えるといいな、なんて自慢しちゃって」
「ふふっ」
その光景を想像して、私は思わず笑ってしまいました。
椅子に置かれたお客様のバッグでは、大きなベルを抱えた天使が微笑んでいます。薔薇色の頬と唇に金色の巻き毛を持ち、白い羽を生やして、見るからに素敵な祝福を与えてくれそうです。
この時期、百円ショップの店内は、クリスマスグッズで溢れていることでしょう。もちろんサンタクロースの帽子だって、あるに違いありません。
「思うんですけれど……息子さんは天使のオーナメントを買った時、実はサンタさんの帽子も、一緒に買っていたのではないでしょうか」
「えっ?」
お客様は目を丸くして、固まってしまいました。
もうちょっと一緒に、詳しく想像を働かせてみましょう。
「『サンタなんかいない』と子供たちが言い始めても、変わらずプレゼントをあげたんですよね。もしかしたらそれでお兄ちゃん、気が付いたのではないでしょうか。やっぱり本当はサンタクロースが、世界中に存在しているってこと」
お客様は目を丸くしたまま、ブッシュ・ド・ノエルのチョコクリームを掬いかけたフォークを、静かにお皿に置きました。
そういえば、このケーキの由来をお話している途中に、お客様がいらしたんですよね。ちょうどいいので、ここで話題に出してしまいましょう。
「ブッシュ・ド・ノエルがなぜ薪の形をしているか、ご存知ですか?」
「さあ、考えてみれば……なんででしょう。クリスマスの定番のケーキって印象はありますけど、伝統的なお菓子なんですか?」
「実は、十九世紀後半のフランスで生まれた、意外と新しいお菓子なんです。
どうして薪の形をしているかは、いくつか説があります。
キリストの誕生を祝うために、暖炉に何日も薪をくべ続けたから、とか。
元は北欧で、大きな丸太を何日もかけて燃やす行事が行われていたから、とか。
貧しい青年が恋人にプレゼントを用意できなくて、せめてもの気持ちとして薪を贈った……なんて説もあります。
どれも薪が身近にあって、実際に人を温めてくれていた時代のエピソードです。
今では薪を燃やす家なんて、よほど趣味人のお宅以外には、ほとんどありませんよね。でも形を変えて、美味しいお菓子として残っているんです。
本当の薪ではないけれど、食べる人の心を温かくしてくれます。
サンタクロースも、これと一緒だと思いませんか?」
トナカイの引く
誰も示し合わせていないのに、義務でもなんでもないのに、世界中の大人たちが子供や大切な人に、ひと時の夢を見せようとする日。
時には戦争すら、クリスマスを理由に、休止になることがあります。
こんな不思議なイベント、他にちょっと思いつけません。
「お母さんが好きで集めている天使のモチーフを見つけた時、息子さんはきっと、一番深い真相に辿り着いたのではないでしょうか。
大切な人に喜んでほしい。たったそれだけの優しい気持ちが、サンタクロースの正体なんだって」
お客様はハッとした様子で、ご自分のバッグの天使に目を向けられました。
私に見えているのと同じ光景が、その瞬間、脳裏に浮かんだことでしょう。
お兄ちゃんはこっそりサンタの帽子を買い、クリスマスに向けて着々と、一人だけの計画を立てていたに違いありません。
イブの夜、眠る前にそっと窓を開けて、屋根の上に赤い帽子を置いて。
サンタクロースが来た証拠を、弟に見つけさせようと思ったのでしょう。でも風が吹くなどして、夜のうちに滑り落ちてしまった。
翌朝わくわくしながら窓を開けて、何もないとわかった時、どんなに驚き、愕然としたことか。『絶対に見た』と言い張っている時、悔しかったことか。
その分、ゴミ箱にサンタの帽子を見つけた時、どんなに嬉しかったことか。
「もしかしたら、自分のせいで弟さんまでサンタクロースを信じなくなったことを、気にしていたのかもしれませんね。お母さんが幼稚園で困ったり、内心がっかりしていることも、察していたのかもしれません」
「それは……ええ、そうかもしれません。優しい子ですから……」
お客様はそこで言葉を途切れさせ、何度か瞬きをされました。
それからそっと目をこすって、小さく呟きました。
「あの子、赤い帽子が見つかった後、自分の部屋に持って行こうとしたんです。
私、慌てて引き留めました。そんなものどうするのって。
そうしたらね、サンタに返すんだって、ニヤッとしたんです。
せめて洗濯させてもらいました。来年のクリスマスまで持っているつもりなんだと思って。でも今思えば、そのサンタって……」
私は大きく頷きました。きっと帽子は既に、持ち主の手元に戻っています。
もちろん、私の推理は想像の域を出ません。これが当たっているかどうかは、息子さんと毎日接しているお母さんに、ご判断いただくことにしましょう。
「どうでしょう。悩みは晴れましたか?」
伺うと、お客様も大きく頷いてくださいました。
「ありがとうございます。お陰様でいろいろなことが腑に落ちました。
今年のお兄ちゃんのクリスマスプレゼントには、予定通り手紙を添えて、こう書くことにしますね。これからはお父さんお母さんと一緒に、サンタクロースになりませんか?って」
思わず拍手すると、お客様は嬉しそうに微笑まれました。
私は天使の羽の持ち手がついた金色のベルを、チリンと鳴らしました。
コーヒーとブッシュ・ド・ノエルを堪能し終え、手袋と帽子とコートを身につけたお客様は、椅子に置いた大きな紙袋を持ち上げます。
もしかしたら中身は、クリスマスプレゼントかもしれませんね。
「お兄ちゃんへのプレゼントは、今年で最後になるんですか?」
ふと気になって尋ねると、お客様は朗らかな表情で首を横に振りました。
「いえ、親から贈るつもりでいます。やっぱり喜ぶ顔を見たいですから。
プレゼントってもしかしたら、贈った側の方が幸せになるのかもしれないなって、マスターとお話して、そんなことを思いました。
コーヒーとケーキ、美味しかったです。謎も解いてくださって、ありがとうございました。今日このお店を見つけられて私、本当に良かったです。
来年もまた、百貨店の帰りに寄らせてもらいますね!」
大きな紙袋がまるで、幸せで膨らんでいるように見えてきましたよ。
足取りも軽く扉を押し開けるお客様の背中に向かって、私は深々と一礼します。
「ありがとうございました。来年もお待ちしています」
扉が閉まった直後、電話のベルが鳴りました。
タブレット型携帯端末の電子音じゃなくて、本物のベル音です。
うちの店には、初代マスターの祖母がどこかの蚤の市で見つけてきた、海外製のダイヤル式電話機が置いてあるのです。
黒光りする台形の胴体に金属製の脚がついていて、握りの細い受話器やダイヤル部を覆う金属には、細かな草花の模様が彫られています。
普段はもちろんインテリアですよ。でもたまに、こうしてベルが鳴るのです。
「はい、喫茶オールド・ベル……ああ、お久しぶりです。はい、元気ですよ」
毎年決まった日にいらっしゃる常連さんからでした。祖母の代から通ってくださっているので、大きな声では言えませんが、ちょっぴり特別扱いしている方です。
「イブの夜ですね。もちろん開けておきます。冷えますから、体を温められる飲み物とおやつを……いえ、ヴァン・ショーは駄目です。大事なお仕事がありますから……いいえ? 祖母の代から同じですけど? ふふ、駄目ですってば」
笑いながら私は窓に目を向けました。
真ん中の一番高い場所で、赤いベルベットのリボンを頭に乗せた大きな金色のベルが、今にも鳴りそうに輝いていましたよ。
さて、思わぬ電話で、ちょっぴり秘密を明かしてしまったでしょうか。
そうなんです。実はクリスマス・イブの夜、喫茶オールド・ベルは毎年、密かにお店を開けているんです。
でもそれは、特定のお客様に向けたもの。もし他のお客様がいらしてくださっても、残念ながらお入りいただくことができません。
だからこのことは、ここだけの秘密にしておいてくださいね。
今年のクリスマス、あなたは誰かにプレゼントを贈りますか?
誰かとブッシュ・ド・ノエルを食べますか?
そんな予定がある方も、ない方も、どうか心温かな時を過ごせますように。
素敵なクリスマスを!
<了>
喫茶オールド・ベル 鐘古こよみ @kanekoyomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。喫茶オールド・ベルの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます