さよなら火曜またきて木曜

天ノ悠

第1話 ごめんね。素直じゃなくて。 前編

昔から好奇心旺盛だった。

特に人に対しては興味が尽きない。何を考えて生きているのか、何を目指しているのか。

そんな性格からか、友達は多い方だった。無条件で人を好きになるし、人と話すのがとても楽しかった。

けど、楽しかったのは人のいい面しか見てなかったから。

いや、いい面しか見ようとしてなかったんだ。そのことに気づいた25歳夏。


僕の心はズタズタだった。

〜さよなら火曜また来て木曜〜


2022年◯月◯日(木曜日)


「とにかく元気でいてくれれば私は、嬉しいかも。待たせてるのも悪いし」


「俺も、楽しく過ごしてくれればそれでいい。」


「こう過ごせるのも今夜が最後だね。」


「そうだね。」


「寂しい?」


「寂しい」

2人で寝るには、狭いベットの上で唇を重ね合わせた。

ワンルームから見えた月はかすかな光で2人を照らしていた。


2022年5月11日(水曜日)

――眠たい。。

無理やりにでも目を覚ますように洗面台の冷たい水で顔を洗う。

家にいるのにもう帰りたい。そういうことない?あれだ。文化祭の打ち上げに行く前とかマラソン大会の当日の朝とか付き合いの飲み会に行かないといけないときとか。あの感覚と一緒だ。


 今日から福知山に行かなくてはならない。14時には着いておかないといけないため、こうして朝6時から起きて準備をしている。こんなに朝早く起きたのは久しぶりだ。

 顔を洗い、着替え最低限の準備だけをし、玄関に手をかけた。


「行って来ます。」

昨夜、準備したキャリーケースを引きながら家を出た。


「さむっ」

空を太陽の光が照らしてはいるが、住宅街はまだ寝静まっている。この静かな空気は少しだけ好きだ。


家から徒歩10分最寄りのバス停でバスに乗る。にしても、キャリーケースがあるとバスに乗るのもきつい。PS4なんて詰めるんじゃなかった。けど、仕方ないのだ。住み込みバイトの為、3ヶ月も家を離れる。さすがにゲームは手放せない。ダイヤモンド行きたいし。けれども、相棒は重くて重くてしょうがない。

内容量の8割がゲームという馬鹿げた荷物と移動する。


バスに揺れること30分最寄りの駅が見えた。

重い荷物に舌打ちをしながら、バスから降りた。

切符を買い、駅員に渡し、駅の改札を通った。この駅も地元に帰省する度に使ってはいたが、こんな朝早い時間にここに来るのは久しぶりだ。5年前の高校の時以来かな。

ここの電車は、1本逃すと強制的に1時間のインターバルを与えられる。まさに田舎仕様だ。その為、駅のホームにはこの1時間に1本の電車を逃すまいとサラリーマンと学生が並んでいる。心なしかこの日のおっちゃんや若者たちは目が死んでいた。


 ――そうだよね。GW明けだもんね。心の中でこれから戦地に向かう、サラリーマン、学生たちに敬礼をする。


 「一緒に頑張ろう。」


そう思っていると電車が来た。

そうそう。この電車。たった3両しかない電車。3両しかない電車にホームで待ってた人たちは乗り込む。座れるかな。あっ、思っていたより人が少ないや。高校時代もよく座っていた最終車両の椅子に座った。見慣れた景色をボーッと見ながら電車に揺られること2時間。ようやく宮崎空港に着いた。


この身に命を授かって早25年、初めての空港だ。空気の違いに驚いた。バスの中、電車に漂っていた、GW明けのような、五月病のような憂鬱な空気は一切ない。とにかく笑顔な手荷物カウンターのお姉さん、元気ハツラツな保安検査場のお兄さん方が働いており、エネルギーに満ち溢れている感じがした。

地元なのに地元じゃないような雰囲気を受け、これから本当に縁もゆかりもない場所に向かうのかと実感した。あれほど帰りたいと思っていた俺もこの空港のエネルギーに当てられ柄もなく少しだけ新たに向かう場所にワクワクした。




「・・・・・・帰りたい。」

空港マジックが消えた。

あれから初めての飛行機の搭乗手続きをし、1時間雲の上を飛び大阪空港に到着。

大阪駅から福知山駅まで聞いたこともないような「こうのとり」という電車に乗り約2時間をかけ福知山駅に着いた。


移動だけで計5時間30分もかかった。

もう帰りたい。

飛行機を経由しなかったら絶対帰っていた。


ホットケーキを作る時の気泡のようにふつふつ、いやあれはプツプツか

めんどくさいという感情が湧いて来た。遊びの約束が当日に近づくに連れて行くのめんどくさいな、って思うあの感覚だった。


めんどくさいと思いつつも足を進める。進めるしかないのだ。

俺、双月海は今勇気ある一歩を踏み出したのだ。


福知山駅を降りると目の前には大きな看板があった。


保津川市民花火大会

8月11日(木・祝) 午後7時30分点火 雨天の場合は中止


コロナ当初はマスクをつけるのが義務化された。飲食店は20時までの時短営業、音楽のフェスやライブも中止になった。それだけでなく学校の入学式や卒業式でさえイベントが中止されていた。

それから3年後、時短営業はなくなり、ライブも復活し、中止されていたイベントも徐々に復活をしていった。そしてついに花火大会も行われるのかと少しだけ心が躍った。


 花火はいい。あの一瞬光る為だけに天高く登り自らの命を証明するように派手に光パラパラと散って行く。あの数秒のために膨大な準備もいるだろう。時間のコスパで行ったら最悪も最悪だ。作る側も見る側も一瞬。けど、終わった時には頭で何回も花火が夜空を照らす光景を繰り返し、綺麗な思い出として心にしまっておく。必ず、帰り道には綺麗な景色と楽しかった思い出が残るのだ。

 

この福知山での仕事も後々振り返れば良い思い出になればいいなと思いつつ、バイトの集合場所である公民館へ向かった。


 駅から徒歩2分、公民館に着いた。そして2階へ上がって行き、ミーティング室を開けると面接をした優しい風貌の社員、田山さんと、俺より一回り大きい社員であろう女が椅子に座っていた。


「おぉ、こんにちは。机に名前の紙を置いてはるのでそちらに座ってください。」


1、2、3、、、、、10、11

それぞれの机に置かれた紙は、全部で11枚あった。俺を除けば、あと10人もいるんだな。年齢も性別も何人になるか聞いてなかったため全く予想ができない。ただ、どうせ3ヶ月だし、仲良くなる人もいないだろうなと思った。


「分かりました。」


「宮崎からでしたっけ?遠いところからありがとうございます。移動大変だったでしょう。」


「宮崎なの?遠いなぁ。」


「まぁ、はい。」

田山さんと女の人と当たり障りのない会話をしながら自分の席を探した。1番窓際の席に月双海と書かれた紙があった為、そこに座る。


「移動大変だったんちゃうん?」


「大変でした。」


最後の「大変でした。」を皮切りにミーティング室に沈黙した空気が流れた。

しまった。社員の人たちとなんとなく気まづい。飛行機と電車の時間の関係で集合時間よりも1時間早く会場に着いていたため、他の人はいない。社員の人たちと特に喋ることはない。俺は、なんとなく気まづい空気が流れる中、寝たふりをして時間を過ぎるのをただただ待った。


寝たふりをして40分。ミーティング室に入ってくる人の気配を感じた。


「たむさん、西村さん久しぶりですね。今回も宜しくお願いします。」


「お久しぶりです。石田さん。」


「久しぶりやなぁ、石田さん。」


声をする方に顔を向けると30代後半であろう男性が社員に話しかけていた。この派遣バイトをするのが何回目かなんだろう。田山さんと西村さんなる人に親しげに話をしていた。


会話に入れないのもなんか気まづいのでまた寝たふり。

来た人の方を見るのも挨拶しないといけなくなるし、何か喋らないといけなくなるのでとにかく始まるまで寝たふりをしようと決意し、再び机に伏せた。


10分20分と経つうちに徐々に人が部屋に入ってくる気配を感じた。


「だいたい人が集まって来たね。今、机の上にある書類は、一部は研修用の紙でもう一部は記入してもらう紙になっています。」


俺は、その声で顔をあげ時間を確認すると14時50分。

ついでにミーティング室を見回すと、若い女が3人、菅本さんが1人、30代の女が2人、40代の女が1人いた。

あと3人も来てないんだと思い、再び寝たふりをした。


15;00

ギリギリに同い年くらいの男が1人入って来て、ようやく住み込みバイトが仕事の幕を切った。

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