第3話 光風霽月 後編
5月24日(火曜)8:20
朝、いつものように海の部屋のインターホンを押そうとして踏みとどまった。押したらダメだった。ノックをする。
「おはよ!」
「おはよ」
海は、だいたい携帯片手に爆音で音楽を流しながら出てくる。朝も歌ってたなぁ。海は、だいたい朝はテンションが低い。それに比べて、僕は朝からテンションが高いタイプだ。うざがられないよう朝に適したテンションに抑えていつも話しかける。
「そういえば枕効果すごくなかった?」
「やばかった」
「今日めちゃくちゃ調子ええんやけど」
「やっぱあの枕いらんかったな」
海は、朝話しかけんなオーラを少しだけだすけど、なんだかんだ話してくれる。 そして、話してるとどんどんテンションが上がっていって朝からワイワイできる。
こう言う切り替えが早い人は好きだ。だから構ってしまう。本当にウザがられてたら話しかけないのだ。……うざがられてないよね?
なんて、少し自分はめんどくさいやつだなと内心、少し思いながらも海にたくさん話しける。
「今日、整体してもらうんでしょ?体調よくなるといいね」
「そうやね。めっちゃ楽しみだわ」
「そういえば、今日親に送ってもらったギター届くみたい。俺弾くから海歌ってよ。歌うまいし」
「あり」
海の声がワントーン上がった。朝のローテンションを抜け出した。このタイミングでいつも小ボケを入れていく。人間は笑顔が一番なのだ。今日も海のテンションを上げれたなと1人でミッション達成に喜んでいると
「ねぇ、これ間に合う?」
海が聞いてくる。駅前にある広場の公園の時計を見た。時間は8時25分。電車が来る時間は29分。今いる位置から電車のホームまでは歩いて7分。つまりは
「間に合わないよなぁ!走るぞ」
僕の掛け声を合図に海も走り出した。
「なんで俺たち朝毎回走ってんだよ~!」
僕たちはいつもギリギリに家を出る為、基本朝っぱらから走るハメになる。
これが僕たちの朝のルーティンだ。
12:00
「陽、昼いこー」
「えー、雨なのに外行くの?僕はパス」
「了解。俺は外行ってくるね〜」
今日は、海以外にも交流を深めたったのでお昼は職場で食べることにした。海は雨でもお昼は絶対に外の空気を吸いに行きたいらしく、僕に行動を必ず合わせるわけではない。僕もそうだ。僕もまた別に彼に必ず行動を合わせるわけではない。この気を使わなくていい関係が僕には心地いい。僕も気分でよく行動を変えるのでいつも付いて来る人は鬱陶しいと思うこともある。付いてきてくれるのは可愛いんだけどね。
「となりいい?」
「あ、陽!いいよ」
天に声を掛け、隣に座る。いつもは天と瞳が一緒にご飯を食べていたがこの日は、瞳が近さんと食べていた。普段より元気がない天を見て少しだけ気になった。
「どう?仕事慣れた?」
「うーん、難しいよ陽」
「まぁ、お子様には難しいよな」
「お子様ってひどい!」
天はコンビニで買ったおにぎりとサラダを食べていた。僕は、グラタンだ。グラタンほんとおいしー、と思っていると天が話しかけてきた。
「陽は恋人いるの?」
「急にどうしたの?いないよ」
思ったよりプライベートに踏み込んできた彼女にびっくりした。
「天は彼氏いるの?」
「ううん。彼女がいる。私レズだから」
彼女は当たり前のような顔をして答えた。
僕は、しまったと思った。天は僕に対して「彼女がいるの?」ではなく「恋人がいるのか」って言う聞き方をしてきた時点で気付くべきだと思った。今度から気をつけよー。
「そうなんや。彼女どこにいるのー?」
「兵庫だよ!いま遠距離でさ〜」
「遠距離で悩んでるの?お兄さんに話してみなさいよ」
しまった。つい癖でどうしたん?話聞こかムーブをしてしまった。
「すごいなんで悩んでるのに気づいたの?」
「そりゃそんな考えたような顔してたらさ。ほら、何も知らない僕に話して見たら気持ちに整理がつくかもよ」
ここから恋愛相談が始まった。
「彼女の束縛がひどくてさぁ。陽は彼女と友達だったらどっちを優先する?」
「僕は、彼女かな。」
「そっかぁ。私は友達なんだよね。だから、私が友達と遊ぶのも嫉妬してきてあんまり遊ばないでって言われるし。あと電話を毎日2、3時間くらいするのさ。それがめんどくさくなっちゃって」
「それは、辛いな。毎日電話とか。こっちも1人の時は色々やることあるのになぁ」
「そうそれなの。私自身の時間も大切にしたいし。友達も大事にしたいし」
「悩ましいねぇ。けど、それほど彼女も天のこと好きなんだと思うけどな。難しいね。」
「ほんとにね。こっから兵庫近いから今度行くけどさー。彼女のこと好きなんだけど、なんだかなぁって」
「天、石川出身よね?彼女とどうやって知り合ったん?」
「レズ用のアプリがあってさ、そっから!」
天との恋愛トークは昼休みが終わるギリギリまで続いた。
「あ、 海お帰り〜」
「ただいま〜。天と話してたの?」
「そだよ~」
「なんについて話してたん?」
「う〜ん。内緒」
天は、僕の代わりにイタズラっぽい笑顔で海に答えた。
18:10
仕事終わり、海と正さんと福知山駅からホテルに向かっていた。
「何時に整体しますか?」
正さんが海に問う。
「飯食べてからでもいいですか?」
「全然いいですよ」
「じゃ飯食べたらインターホン押しますね。なるべく早くします」
「了解です。部屋はどっちでやりますか?」
「俺の部屋でいいっすよ」
「分かりました」
「じゃあ俺たちいまからご飯食べてきます」
「はい、いってらっしゃい!」
海と正さんとの会話が終わり、海とご飯食べに行く。なんで正さんも誘わないかって?初日に正さんをご飯に誘った時断られたのだ。断られた理由は、正さんの生活リズムにある。お昼休みに話して判明した事なのだが、正さんは基本的には仕事終わり帰ってすぐ寝るらしい。そして起きるのが2時。その時間に夜ご飯? 朝ごはん?を食べる。仕事終わりは眠りたくて自分のやりたいことができないからすぐ寝るみたいだ。
そうだよね。仕事終わり疲れちゃってたら勉強できないし。1回寝てから勉強した方が勉強効率良さそう。見習いたい。
それ加え正さんは、食生活もとても拘っていて、なるべく自炊のものを食べたいみたいだ。
これが僕が正さんを癖つよと思った理由だ。よく結婚できたなと思う。こだわりが強い人ほど結婚が出来ないと思っていたが例外もあるらしい。まぁ正さんいい人だから、結婚もできるか。
そんな正さんの貴重な時間を使って整体をしてくださるのでありがたい話だ。
だから僕たちは、急いでご飯を食べなければならない。
19:30 夕食後
近くの牛丼屋のチェーン店で爆速でご飯を食べ、ホテルに帰った。
「僕は、荷物届いたら海の部屋行くね」
「了解」
そうして、海は正さんの部屋303号室のインターホンを押し、僕は、自分の部屋の302号室に戻った。
部屋の中からでも雨音が聞こえる。今日は午前から雨が降っていたが午後になるとさらに雨脚が強くなっていった。
僕は、雨の日が好きだ。
コンクリートの湿った匂い、車が水たまりを弾く音、ポツポツと屋根が水を跳ねる音。少し肌寒い空気。
僕にとって雨の日は特別だ。
雨が降ったら突如やりたいことが湧いてくる。
映画館に行きたくなったり、クリームソーダが飲みたくなったり、ギターが弾きたくなったりする。
今日は、無性にギターを弾きたい日だった。
テレテレテレーテテレレレレ
そんなことを考えてるとインターホンが鳴った。ちょうどいいタイミングでギターが届いた。縦に長い段ボールを開けていくと、僕の相棒がいた。このギターは、中学生の頃、誕生日に姉から貰ったものだ。
姉は、ギターは買ったもののすぐに部屋のインテリア化した。使ってないなら頂戴と僕がねだったのだ。僕もすぐに部屋のインテリア化した。やっぱり姉弟は似る。
けど、大学で軽音部に入ったのをきっかけに再びギターを手に取ったのだ。
そして、その時からギターは、インテリアから楽器にちゃんとした役割に生まれ変わった。
僕は、ウキウキしながらチューニングをし、海の部屋に向かった。
この日が僕にとって特別な日になるとは知れず、インターホンを押した。
どうぞーと大きな声が聞こえたのでドアを開けた。
そうしたらベットの上で正さんと海がくんずほぐれつしていた。
整体ってあんな感じでやるのかぁとギターを弾きながら見ていた。
そういえばふと思い出した。天も歌が好きって言ってたっけ。
「うみー。 天もこの部屋呼ぶ?」
海に提案した。普通だったら出会ったばかりの子を部屋にいれないと思うが、天が女の人が好きだという事もあり、男女別に気にしないだろうと思い呼んだ。
「別にいいよ」
海からお許しを得たところで、さっそく天に連絡を送った。
【海の部屋で弾き語りするけど天も歌いに来るー?】
【あと、海の整体受けてる姿ばりおもろい。】
【行く!行くー】
【おいでー】
「天くるってー」
「おけー」
「場所わからんかもやから迎えに行ってくるわ」
「いってらっしゃ……いててて」
海の整体に痛がってる声を聞き、玄関を出た。
「ただいまー。見て、ばりおもろない?」
「おじゃましまーす!ホントや、フハハハハ」
海の整体がツボに入ったらしい。本当に面白いのだ。
海が寝そべっている状態で正さんは海の首を持ち、前後左右に動かしていた。
あかべこをも凌駕する勢いと可動域に笑いが抑えられなかった。
「ちょ、おまえ、ら笑うなって」
とにかくみんなで爆笑した。
整体をやり始め、90分。やっと整体が終わった。
「次は1週間後かな。さっき教えた柔軟もこまめにやってね」
「了解です。」
「かいー。楽になった?」
「ほんっとに全然違う。すごく楽。陽もやってもらったら?」
「ほんとに楽そうやねー。正さんお時間あるときお願いしてもいいですか?」
「いいですよ」
「これ本当に有料級ですよ。時間かけて丁寧にやってくださってありがとうございました」
海が正さんの整体を絶賛していた。
「いえ、では私は帰りますね。おやすみなさい」
「おやすみなさーい!」
こうして正さんは帰っていった。
「21時かぁ。音周りに聞こえないかな?」
「ここ元はオフィスビルっぽいから防音すごいと思うけどな」
「弾いてみて聞こえるか正さんと田山さんに連絡送るか」
1ヶ月ぶりにちゃんと弾くなと思い、簡単な曲を弾いた。
【今ギター弾いてるんですけど、そちらの方音は聞こえてますか?】
田山さんは海の真上の階になるので田山さんが聞こえてなかったら上下の騒音問題は大丈夫だ。下は会社だし、誰もいないからセーフだ。あと、問題は正さんの部屋だ。僕の部屋を挟んでるから聞こえないと思うが……。
【【何も聞こえないですよ】】
2人から同じ文で帰ってきた。
ミッションコンプリートだ。
「聞こえないって。存分にやろ!」
「せやな」
「私まず、聞くね!」
「おっけー。海何歌いたい?」
「逆に何弾ける?」
「ある程度弾けると思うよ」
2人で考えた結果スピ◯ツのチ◯リーを歌うことになった。
僕のギターの音に乗せ海が歌う。海はハスキーな声で歌詞が心に響くような歌声だ。アーティストでいったらサザオールスター◯の桑◯さんが近いかな?
僕は、とてもうれしかった。家族も僕含めとても音痴で弾いても誰もあわせて歌ってくれない。歌うにしてもリズム感がない為、グダグダになってしまう。だから、海の歌声にあわせて弾くのはとても楽しかった。
海と僕はフルで歌い終わった。
「すごーい。陽ギターめっちゃうまいし、海の歌声良い」
拍手しながら天が褒めてくれた。
「じゃあ、次はみんなで歌お?」
そこから喉が枯れるまでみんなで歌った。最近の流行りの曲や、ジ◯リの曲など。
知らなかった。こんなに人と合わせて演奏するのが気持ちいいなんて。
僕は、音痴だったから歌という歌は避けてきた。リコーダーも苦手だったし、 鍵盤ハーモニカもできなかった。大学の時から音楽が好きになり、自分でも弾きたいと思って軽音部に入った。けど、軽音部はほとんど幽霊部員なもので1人でこっそりとアコギを練習していた。
今日、海と天に歌って貰ってなんだか音楽に対する苦手意識、コンプレックスがなくなっていった。
「さすがに遅いからもう帰るか」
枯れた声で海が言う。
「やーだ。 ここに泊まりたい!」
「馬鹿言うなよ。ほら帰れ」
「かーい、天を送るよ」
「えー、めんどくさい」
「送ってくれるの?ありがとう」
3人でホテルを出ると、天がいの一番に外に駆け出し、手のひらを上にし空を見上げた。
「雨止んでるー!」
天が嬉しそうに僕らを見て言う。
「やっぱりここから見える星は綺麗だなぁ」
この日以降、3人で海の部屋に集まって歌を歌うことが習慣となった。
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街灯が目で追えないスピードで流れていく。
車に流れる音楽、 天と陽の話し声を BGM にぼんやり外を眺める。
次々流れていく街灯は、線のように光がつながっていった。
車内から見上げたその光はまるで流れ星のように見えた。
「今日はすごく楽しかったな」
外に見覚えのある福知山の景色が広がりとても寂しくなった。
名残惜しいと思う帰り道ほど楽しいお出かけだと思う。
第4話 思い出は月に異に
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