第2話 眩しい月 後編
2022年5月16日 (月曜日)
2日間の研修も終わり今日からいよいよ先方の会社で業務を始めていく。 先方は金融系
の会社だ。福知山駅から一駅電車に乗りそこから徒歩7分歩いた所にこれからお世話にな
る会社があった。
今までピザ屋のバイト、 うなぎを段ボールに詰めるバイトしかしていなかったので責任感がある仕事に緊張していた。しかし、蓋を開けたら緊張感のかけらもなかった。陽と出雲を筆頭に喋りながら作業をし、職場はとても明るい雰囲気だった。
この日のお昼、陽と職場周辺の散歩をした。田舎だからだろうか。高校が近くにあったからか職場の周りには3つも公園があった。とりあえず、昼ご飯が食べれそうな公園を探しに偵察をした。そうしたら、職場から徒歩5分の所に屋根付きの机とベンチがある公園を見つけた。滑り台や鉄棒、水道もあり結構広い公園があった。とてもキャッチボールのしやすそうな公園だった。
「キャッチボールのしやすそうな公園やな」
俺の思っていたことそのままを陽が言った。
「俺も同じこと考えてた。」
「まじで!? キャッチボール好きなん?」
「好きよ。 キャッチボール」
「じゃあ、明日からお昼ここでキャッチボールしよ!」
「あり」
こうしてこの日のうちにホームセンターでボールを買った。
2022 年 5月17日(火曜)
今日は朝から機嫌が良い。 陽と歌を歌いながら、片手でボールを遊ばせながら駅に向かった。昼までのキャッチボールがすごく楽しみだった。むしろ、キャッチボールするために
職場にいってるまである。
この日の午前中は何回も時計を見てしまった。 早く昼になれ。 早く昼になれ。とそわそわしていた。
11時40分 昼休憩の20分前
「陽。今日キャッチボールしに行くんやろ?いいよ、もう行って」
西村さんが陽に声をかけた。 いつの間にキャッチボールすることが伝わっていたのだろう。
「え?いいんですか?それじゃあ、お言葉に甘えて」
陽が嬉しそうに返事をした。
「いってらっしゃい」
緩すぎなのではないだろうか。 朝緊張していたのもあほらしかった。
「かいー!キャッチボール行こ!」
腸の掛け声で俺たちは、外に出た。
「うわ。まぶしっ。 キャッチボール日和だね!」
陽は嬉しそうな笑顔で話しかけてきた。空は雲一つない晴天だった。仕事場が狭い分、外
に出たらより開放感を感じられた。
俺と陽はコンビニで昼ご飯を買い、公園に向かった。
「キャッチボールしてからお昼ご飯食べよ」
「ええよ」
「まさかこっちでキャッチボールできるなんてね。 かいはキャッチボールよくしてたの?」
「友達とよくしてたな」
「運動神経よさそうやから球速そうやな」
「そんなことないよ。 陽はよくしてた?」
「うーん。 微妙かも。おとんとよくキャッチボールしてた。 いまでもたまにおとん誘ってキャッチボールしてるよ」
「親孝行やなぁ。俺、父さん離婚してるからそういうのないなぁ。連絡もしてないし」
「そうなんや……」
そんな話をしていると公園についた。
「よっしゃやったるでー。ばっちこーい」
気合十分な陽。俺はボールを投げた。
「軟式でもグローブがないと手が痛くなるかもな。よっと」
手を空中で手をひらひらさせながら陽が言った。
「確かに。 若干いたいな」
キャッチボールはお互い難なくできた。ちょっとだけ陽の投げ方が変な気がするが、胸元にボールは投げれるし、キャッチも普通に出来ていたため楽しかった。
30分くらいキャッチボールをして、それから駄弁りながら昼を食べた。
いつものようにコーヒーを飲みタバコをつける。近くにある高校から微かに学生の声が聞こえる。 吐いた煙が風向きに合わせて飛んでいく。
「涼しいなぁ」
爽やかな風が頬を撫でる。
この昼休みは俺にとってまさしく理想だった。
それから昼はコンビニで買い、公園に行くのが習慣となった。それだけではなく、初日の夜ご飯以降、陽といつも一緒にご飯を食べていた。
2022年5月18日 (水曜日)
いつも通り、 陽と夜ご飯を食べていた。この日は、いままでチェーン店ばかりだったから
ここならではの店に行きたいと陽が言い出したので、商店街にある洒落たバーみたいな所に行った。
「そういえば、 2人でお酒飲むの初めてやね」
「確かにそうやな。 陽は酒強いん?」
「うーん。どうやろ嗜む程度しか飲んだことないからわからんなぁ。けどビールは苦手。に
がい」
陽は想像力が豊かなのだろう。味を想像したのか本当に苦そうな顔をしていた。
「海は何飲む?俺はレモンサワーかな」
「俺この地ビール飲もうかな」
メニューの左上にあるアルコールメニューの一部を指差した。
ここのアルコールはビールが2種類、カクテル3種類で営業をしていた。
「ビール飲めるのすごっ。 すいませーん!」
陽が店員を呼んだ。
「すいません。 このレモンサワーと地ビールください」
陽が注文してくれた。
「かしこまりました」
「ちなみに地ビールってどこのですか?」
俺は気になったので店員に聞いた。
「えっとこちらの地ビールは宮崎県のになってます」
陽とお互いに顔を見合わせ、笑いあった。
「この子地元、宮崎なんですよ。」
陽が笑いながら言った。
「え、そうなんですか?なんか運命的ですね。私が実際、宮崎に行ってこの味を習得してきたんですよ。宮崎いいところでした」
それから店員と宮崎トークで話が弾んだ。
その後、お酒も料理も進んでいき良い感じに酔っぱらってきた。
「今後なんだけどさ、夜ご飯どうする?誰か誘ってみる?」
陽が突然相談してきた。陽は、他の人を誘いたいんだろうか。
「うーん」
俯きながら少し考える。思ったことをそのまま陽に伝えた。
「俺はこのまま2人の方がいいかな。ここまで気楽に喋れる人そういないし、楽しいし」
「えー、めっちゃ嬉しいこといってくれるじゃん」
照れたように陽は頬をかく。その後、少し気まずそうな表情を浮かべた後、陽は明るい声で言った。
²
「でも、ずっと2人やったら飽きるよ?あと職場でおもろい子いっぱいいるから誘ってみようよ」
その発言で少しだけ陽はドライだなと感じた。けど、まぁ確かに全国から人が集まってきているので話してみるのはおもしろいかもしれない。陽はよく周りに話しかけに行って、楽しそうに職場で話したことを俺に報告してくる。
「うーん。ありかもな」
「でしょでしょ。仲良くなっていったらきっと楽しいよ」
「そうやな」
正直あんまり周りに興味はなかったが陽が色んな人と食べたそうだったから了承した。最近は、よく陽のテンションによく引っ張られてしまう。
「じゃあまずは西村さんからやな!明後日に大阪の職場に帰っちゃうらしいからそれまで
にご飯行きたい!」
「いいよ」
「職場の人、全員とご飯行くの目標にしよ」
こうして僕ら2人のプチ目標が決まった。
2022年5月19日(木曜日)
そして焼肉屋に至る。西村さんを誘ったら、西村さんが田山さんもって呼んでくれたのだ。
「自分ら職場めっちゃたのしそうやな」
届いた肉を焼きながら西村さんが言った。
「すっごく楽しいです!海とも会えたし、西村さんと田山さんも話しやすいので!」
「めっちゃ嬉しいこと言ってくれるやん」
「俺ら職場の人全員とご飯食べに行くのが目標なんっすよ」
昨日決まった目標を西村さんに言って見た。
「それは楽しそうやな。すごい助かるわ。2人のおかげで職場みんな仲良さそうやし。今ま
でこんなことなかったで。ね、田山さん」
「ほんとにそやね。お二人とも今後ともこの調子でよろしくお願いします」
「そういや、このペースだと少し早めに終わりそうやなぁ」
西山さんが衝撃なことを言った。求人では5月11日から8月11日までの3か月で進捗具合によっては延長有という条件だった。そのため、延長こそあれど早く終わることは考え
てなかった。
「今のでペース速いんですか?」
陽が西山さんに聞いた。確かにその疑問は生まれる。先方に出向き、1日目は仕事するための場を整えるため、部屋のレイアウトを考えるのに費やした。そして、2日目は3人1組に別れ、パソコンとスキャナーを使い方の操作手順を学んだ。3日目も同様だ。そして、3日目は実際に役割分担をし、仕事の1巡の流れを行った。だから、仕事の進捗度は進んでないに等しいと思っていた。
「思ったより呑み込みがはやかったからねぇ、特に陽が。このままだと 8月いかないくら
いにおわるんちゃうんかなぁ」
確かに西山さんの言う通り、陽はなぜか既に皆の補助役みたいな役割をしていた。仕事で疑問があれば手を上げ、陽が駆けつけて教えるようになっていた。それにしても8月までに終わるのは早すぎる。
ふと思った。来るときはあれだけ帰りたかったが、今では早く終わってほしくないと思うほど福知山での生活を楽しんでいた。
陽と花火大会に行きたいな。花火大会の看板を頭で思い浮かべた。
それからは仕事の話からプライベートの話までしているとあっという間に時間が過ぎていった。
「それじゃあ、お会計やな。うーんどうしよっか」
西村さんが田山さんを見から問う。
「2人から1000円ずつ貰おか」
「え?1000円でいいんですか?」
西村さんからの提案に陽が嬉しそうに聞く。
「全部出してもええんやけどそれやと、他のメンバーがどうなんって思うかもしれんからなぁ。 悪いけど1000円は払ってもらう形にするわ。わかってや」
「いやいや。とんでもない。ほんとにうれしいです。ありがとうございます!」
こうして、俺たちは田山さん、西村さんにご馳走になり、陽と帰路に着いた。
「そういや、あの速度で仕事早く終わるってやばない?」
どうやらも同じ感想を持ったようだ。
「早いよなぁ」
「花火大会行きたかったけどなぁ」
「陽。俺もまったく同じこと考えてた。」
「え、かいも?あの看板に書いてあった8月11日のやんな?」
「そそ。やっぱりいきたいよね。俺らで作業遅らせるしかないかぁ」
「そうやなぁ、行きたいもんなぁ。花火大会」
こうして作業をこっそり遅らせよう作戦が職場で始まった。
「ん。 そういえば、この近くに福知山城があるらしいよ。行ってみない?」
「あり」
焼肉の帰り道散歩ついでに福知山城を見に行くことになった。
「わぁ、意外に立派だね」
「そうやな」
福知山城は、福知山の街並みが一望できるほどの高台だ。
「綺麗だね」
陽は感銘を受けていた。
この数日間俺にとってすごく目まぐるしかった。
そんなに新しいことに挑戦しない俺が新しい土地、新しい仕事、そして新しい友達。 この場所で、仲の良い友達ができるなんて想像もしていなかった。職場の人間関係も良好で本当に毎日が楽しい。
こんな日々がずっと続けばいいと思っていた。
ふと、上を見上げたら嘘みたいに綺麗な満月が空に見えた。
「見て、 月めっちゃ綺麗」
陽も空を見てたらしい。つくづく気が合うな。
「一昨日がフラワームーンだったからな」
「ほへー、そうなんや。かい物知りやね」
陽は微笑みながらこちらを見た。
そうして福知山の街を一望してから俺らはホテルに向かって帰った。
福知山城の麓には桔梗の花が今にも咲こうとしていた。
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雨の日は好きだ。
コンクリートの湿った匂い、車が水たまりを弾く音、ポツポツと屋根が水を跳ねる音。
少し肌寒い空気。
僕にとっての雨の日は特別だ。
雨が降ったらやりたいことが突如湧いてくる。
映画館に行きたくなったり、 クリームメロンソーダが飲みたくなったり、ギターが弾きたくなったり。
今日は、無性にギターを弾きたい日だった。
この日が僕にとって特別な日になるとは知れず、 インターホンを押した。
第3話 光風霽月
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